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第4話
朝起きると、ユウは最後にもう一度部屋の風呂に入ったらしい。
無言で朝食を食べて、宿を出る。
帰りの車の中も特に会話らしい会話はしていない。一度寄ったパーキングエリアで、軽く会話をしながら昼食を食べてまた無言で車を走らせているだけ。
車の中でかかっている音楽だけが、無言の俺達を唯一それで大丈夫だと慰めているようだ。
夕方前にユウの自宅マンション前へと着いて、車を駐車場へと停めてから
「はぁ、着いたな」
「そうだな……」
車のエンジンは切らずに呟いた俺に、ユウは少し緊張した感じでそう返す。
そうして
「……………ッ、何か言う事あるんだよな?」
「……………、そうだな」
ユウから切り出させてしまった自分に、苦笑いを浮かべて答え
「別れようか、ユウ」
視線をユウへと向けながらそう言った俺に、俺が何を言うのか解っていたユウは、既に眉間に皺を寄せてこちらを見ていて……
「……………。理由、聞かせてくれないか?」
苦しそうにそう吐き出すユウに、俺は考えていた理由を口にする。
「お前の他に好きな奴が出来たから……」
「……………ッ、そうか……」
「うん……」
本当は、そんな奴出来てはいない。
たが、それが一番良い別れの理由だと俺は知っていた。
俺にユウ以外で好きな人が出来れば、それ以上ユウも何も言えないし、俺も何も言えなくなるから。
最後の最後で、ユウを責める気も無かった。
なぜ俺に隠れて浮気したのか?とか、ね。
責めて、別れてしまえばきっとユウは俺を忘れてしまう。喧嘩別れした普通の恋人として。
これは、俺の最後のエゴだ。
苦くても、フトした時に思い出して欲しいから。
「………、良い奴なのか?」
「え?」
重い空気の中、ユウが呟いた台詞に俺はキョトンとすると
「そいつ……、お前が好きな……相手」
「まぁ……、そうだな」
「そうか……」
最後でも、俺の相手が気になってくれている事が嬉しい。
そう思いフッと笑うと、俺がそいつの事を思い出して笑ったのかと勘違いしたユウは、おもむろにバッグを手に取り車のドアに手をかけて扉を開けると
「……、じゃぁな」
車から降りてドアを閉め、窓から顔を覗かせてそう呟く。
「あぁ……、ゆっくり休めな?」
「うん……お前も帰ったらゆっくりな」
「おぅ、ありがとう」
一度片手を上げて、これ以上ここに居れる理由が無くなった俺は、ハンドルを切って駐車場を出ていく。
バッグミラーは、見れなかった。
◇
バタンッ。
「はぁ……、疲れた……」
玄関が閉まった途端、俺はその場にバッグを落としてしゃがみ込む。
ユウを送った後、どう運転して帰ってきたのか記憶が曖昧だ。
こんなにも簡単に、呆気なく別れられるなんて、思ってもみなかった。
十年だぞ?十年ッ!
俺の一目惚れから今日まで、沢山の思い出が蘇る。
「はぁ…………、マジで別れちまった……」
震える唇から絞り出すように出た言葉に、ブワッと目の前の視界がぼやける。
「はぁ……、マジで……ッ」
鼻の奥がツンとして、玄関のコンクリートの上にパタタッと丸い染みが出来る。
……………、俺を選んで欲しかった。
女じゃ無くて、ずっと一緒にいた俺を見て欲しかった。
「……ッ、き、…………、好き、だった……ッ」
おばさんからのプレッシャーとかもあったのだろうと思う。それに、ユウがおばさんの事を大切にしたいと想っていたのも知っているから。
けれど、俺と一緒に歩いて行って欲しかった。
「……ッヒ……、好き、だった……なぁ……」
俺の手を、取って欲しかった。
しばらく俺は、その場から動けずにいた。
◇
「悠二~、年賀状きてるよ~」
「んぁ~~……」
あれから三年。
俺は、生きている。
人生で一番かっていう位の失恋を経験した後、言わずもがなどん底まで落ちた俺は立ち直るのに二年の月日を費やした。
最初の一年はユウとの思い出がある自宅に帰るのが嫌過ぎて、遊びに遊びまくり殆ど家に居た記憶が無い。
だが、知り合いの飲み屋で連日ナンパしていた俺に、その知り合いが
『いい加減にしないと、自分の身を滅ぼすわよ?』
と言われて、妙にゾッとしたのを覚えている。
そこから逃げることを止めて、ちゃんと向き合おうと決めた俺は、先ず自宅にあるユウの物を処分する事から始めた。
綺麗に整理されていけば、不思議と自分の気持ちも整理されていく。少しづつ、少しづつやり始めたから気付けばそれに一年ほどかかっていて……。まぁ、それと並行して引っ越しも考えていたから物件探しとかでも時間がかかったっていうのはある。
で、一年前から新しい引っ越し先で暮らし始めて、遊びも止めてたところに新しい恋人もできてって……いう感じだ。
「あ、これ前の住所から転送されてるやつだよ?」
コタツの中でのんびり酒を飲んで、お正月の特番を見ている俺の前に、そう言いながら恋人が年賀状をヒラリと差し出してくるので、俺はそれを受け取りハタと動きを止めてしまう。
「………、どうしたの?」
俺の隣でコタツに入りながら、訝しげにそう聞いてくる相手に
「イヤ、懐かしい奴から届いたから」
「そうなん?」
言いながら気になるのか、恋人は俺の持っている年賀状をピッと取り上げると
「アハ、可愛いね~。同級とか?」
「そうだな」
笑顔で答える俺に、ふ~ん。と相槌を返してその年賀状をテーブルの上へと置く。
そこにはユウと、ユウに抱かれて寝ている子供の写真があって……。
俺は指先でそれをなぞって、笑えている自分に気付くと、隣で蜜柑を食べ始めた恋人を引き寄せた。
おしまい。
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