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 果たしてこのやり方で本宮の彼女が納得してくれるかどうか、正直全く自信はない。でも、善は急げという言葉があるように、この状態をずるずる引きずるのは、川島にも、本宮にも、本宮の彼女にも絶対に良くはない。川島は自分にそう強く言い聞かせると、うまくいくように願いを込めながら、本宮のマンションの扉を開けた。  今日、本宮の彼女に電話をかけたら、彼女は今事情があってかなり遠方にいるらしく、直接会って話をすることが難しいということだった。だからスマホのビデオ通話機能を使って、お互いに顔を合わせながら会話をしようということになった。場所は本宮のマンション。話をする時間は、川島の仕事が終わる20時以降と決めていた。  川島は部屋に入るなり、パソコンに向かっている本宮を一瞥し、「始めるぞ」と声をかけた。  川島達はソファーに並んで座ると、川島のスマホをビデオ通話に設定し、本宮の彼女に電話をかけた。  コール数回で本宮の彼女は電話に出た。彼女は素早く、自分たちと同じようにビデオ通話に切り替えると、彼女の顔が画面に映った。ぱっと見でも分かるくらい彼女の表情は硬く、一瞬で、自分と本宮に緊張感が伴うのが分かった。 「今日は俺たちの話を聞いてくれてありがとうございます。本当は直接会って話したかったけど、あんまり長引かせてはいけないと思って、こんな形になってしまったことすみません」  川島は丁寧にそう言うと、深々と頭を下げた。 「俺だ。長いこと距離を置いてすまなかった。ただ、今から話すことにどうか耳を貸して欲しい。本当に心からそれを願いたい」   本宮はそうはっきりと言うと、自分以上に頭を深く下げた。 「いきなり何? でも良かった。良ちゃんひどいよ。流石の私も焦って、もう少しで捜索願を出すとこだったのよ」  本宮の彼女は安心したようにそう言うと、素早く川島に視線を寄越した。 「千秋さんから電話貰って驚いた……何で二人が私に話があるの?」  川島を見つめる彼女の眼は鋭く、訝しげな気持ちが込められているのが分かる。川島はその雰囲気に体が僅かに竦んだ。 「俺は……」  本宮はいきなりそう口火を切ると、容赦なく川島への思いを彼女にぶちまけ始めた。中学生の頃から同性を好きだと感じていたが、女性とセックスができることで、自分の性指向を彷徨っていたこと。大学時代に川島に一目惚れをしたことで、はっきりと自分がゲイであることを自覚したこと。川島以外の男を好きになろうとしたがどうしてもできなかったこと。何度も告白しようとしたが、自分の弱さでそれが叶わなかったことなどを、川島の隣で、間接的にまるで川島に伝えるかのように丁寧に話している。隣で聞いている川島は、この後手ひどく本宮を振らなければならないことに自信を無くしそうになる。本宮の熱のこもった声がさっきから川島の心臓にダイレクトに届き、動悸が止まらない。どうしてこんなにも自分を好きなのだろう。その思いの強さに、川島の決断力が鈍っていく。 「そんなわけだから、俺の思いは一生一方通行のままなんだよ。な? 千秋、そうだろう?」 「え?」  突然振られた質問に、川島はドキッと心臓を鳴らした。 「あ、そ、そうです。俺はノンケだから、本宮の気持ちには申し訳ないけど応えられません。確かに男を好きになってしまったことは大変なリスクではあるけど、それでも自分の気持ちを誤魔化してあなたと結婚しようとした本宮は、本当に最低なことをしました。それをあなたが許せない気持ちは良く分かります。多額の慰謝料をこいつから分捕っても許せないでしょうね。でも、そこを何とか、親友の俺に免じて、こいつを許してやってください。こいつを自由にしてやってください!」  川島は本宮の彼女へ思いが伝わるように、心を込めてそう言った。 「そうか……良ちゃんの好きな相手って、千秋さんだったんだ。でも、可愛そうだな。良ちゃん」 「え?」  本宮の彼女の言葉に川島たちはともに驚き、伏せていた顔を上げた。 「私と同じじゃない。辛い片思い。ねえ、千秋さん。あなたよくそんなひどいことできるわね」 「え? お、俺?」 「そうよ。良ちゃんのことそんな簡単に振るなんて信じられない。こんないい男に惚れられるなんて、性別関係なく少しは有難く思いなさいよ。全く図々しい」 (え? 何それ)  川島は予想外の展開にポカンと口を開けた。 「千秋さん。良ちゃんを振るってことがどれだけ罪深いか分かる? 良ちゃんに愛されるなんて宝くじに当たるより幸運なことなのよ。ほんとっ、悔しいわね。でも、相手が女よりはかなりマシだけど」 「あ、あの、さっきから何を言っているのか意味がさっぱりなんですけど……わ、忘れてないですか? ひどいのは本宮の方ですよ?」  川島は驚き、慌ててそう問いかけた。 「うーん、確かに良ちゃんはひどいわ。私の人生を狂わせたもの。でも、良ちゃんの千秋さんへの片思いの方が私よりずっと辛いって分かったら、何か、少し心が落ち着いたかな。そりゃ良ちゃんがゲイって知らされた時はもの凄くショックだったけど、こんな完璧な良ちゃんにも、人生はやっぱり厳しいんだって分かったら、逆に少し嬉しくなった……ごめんね。良ちゃん」  本宮の彼女は、はにかみながら困っているみたいな表情を、本宮にチラッと寄越した。 「でもね、私は良ちゃんが大好きだから、いつでも良ちゃんの見方でいたいの。だから私、今いいこと思いついたわ。私の両親ってね、一人娘の私が地球上で一番かわいいの。分かるかな? もし、私の婚約破棄の理由が、本当は良ちゃんがゲイだからだってことが両親にバレたら、どうなると思う?」 「え?……」  川島は悪寒が背筋を這い登っていくのをしっかりと感じた。それは前に本宮とも話したことでもあるからだ。 「私が両親に泣いて、叫んで、良ちゃんへの恨み辛みを訴えたらどうなると思う?……多分、多額の慰謝料を請求するには飽き足らず、探偵とか使って、良ちゃんこと調べて、これからの人生を確実に妨害しまくるわね」 「そ、そんな……」 「ねえ、千秋さん。もしあなたが良ちゃんの気持ちを受け入れてくれたら、両親には良ちゃんがゲイだってことは絶対に内緒にしておくし、慰謝料も取らないよう、私の力で穏便に婚約破棄してあげるわよ。ちなみに、受け入れるっていう意味は、心も、体もってことよ」 「なっ、何それ!……あ! ちょっと待って。そんなに大好きな本宮の幸せを望むんなら、あなたは絶対両親に話したりしないだろう? 俺はそんな子供だましの脅しには乗らないぞっ」  川島は目をこれでもかと丸くしながら叫ぶと、自分の額からおかしな汗が滲み出てくるのを感じた。しかし、本宮の彼女の想定外の提案は、川島のキャパシティーを軽々と飛び越えてくる。川島は精神的にじわじわと追い詰められている自分に気づく。 「ええ。良ちゃんは大好きよ。だからもちろん幸せになってもらいたい。でも、良ちゃんは私への仕打ちに対して、ちゃんとリスクを背負わなければならないと思うの。でなきゃ、私的にも割に合わないし。そうでしょ? 良ちゃん。私……本気よ」  本宮の彼女は、しっかりと本宮を見据え淀みなくそう言い切った。 「ああ。もちろん。俺は平気だ。そのリスクを背負うよ……ただ、千秋、大丈夫か? 断るなら今だぞ?」 「え! そ、そんな、だって断ったら本宮がっ」 川島は動揺しながらそう言うと、持っているスマホと本宮を意味もなくおろおろと見つめた。 「分かったわ。良ちゃん。ありがとう……それじゃあ、千秋さん。オッケーってことで良いのよね? 良ちゃんの人生はあなたに掛かってるのよ。良ちゃんを幸せにできる報告を、首を長くしながら待ってるわね。ちなみにタイムリミットは、仕事で海外にいる両親が、三ヶ月後に私たちの結婚式のため帰国するの。それまでに気持ちを固めてくれれば間に合うわ。よ、ろ、し、く、ね」  本宮の彼女は笑顔でそう言うと、いきなり電話を切った。川島は呆然としながらすかさず本宮を見た。本宮は複雑な顔をしながら川島に言う。 「千秋、本当にすまない。お前の方が俺よりリスク高いよな?」 (ああっ! 何でこうなる?!)  川島は絶望的な雄叫びを心の中で上げたのだった。

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