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「っ…ぁ……はぁ…はぁ……」 ズルズルと重い着物を引きずりながら、廊下を歩く。 今宵は、竹田様に酷く抱かれた。 「部屋子から聞いたぞ。何やら他の者と近しい関係にあっているようではないか」と乱暴に扱われた。 私がどれだけ泣いても、どれだけ言葉を紡いでも、止まってはくれなくて。 (まるで、獣のようだった) ただただ 苦しい時間であった。 何とか窓まで歩き、倒れこむようにその場へ座り込む。 「……っ、嗚呼…全く……」 目の前にある窓は、格子のように木の板が空を縦に遮っておりよく見えない。 (此処から出る時、私はどんな顔をしているのだろうか) そして…一体どんな人生が、待ち構えているのだろうか。 「ーーっ、や…だ……」 (あんなお方に、買われたく…ないっ) 私は、ずっとずっと…ただ竹田様に抱かれるだけの日々をこの先送るのだろうか。 そんなの……絶対に、耐えられない。 「和…孝ぁ………っ」 私のことは覚えておらずとも、あの日の約束を覚えておらずとも、もういいから どうか…側に、置いてくれぬだろうか………? 「ーー梔子?」 「っ、ぇ……?」 「やはり、梔子か」 格子の向こう…窓の外から聞きたくて堪らなかった声が聞こえてきた。 「し、みず…さま……? なぜ、此のような時間に此処へ…」 「あぁ。近くで呑んでいてな、偶々足が向いた。 ーーっ。梔子、大丈夫か?」 (嗚呼……) 月明かりで、私の体が見えるのだろう。 竹田様に酷く抱かれ、沢山の噛み跡や口付けの跡を残した私が。 「…ふふふ。清水様に心配されてしまうとは、明日は雪でも降るのでしょうか?」 「はぁぁ…誠に口だけは達者だな、お前は」 どさっと窓の外に腰を下された。 「……なぁ梔子。お前は母に売られて此処へ来たと申していたな」 「はい」 「恨んではおらぬのか」 「恨みませぬ。母も弟や妹も皆生きる為必死でした。 今何処かで幸せに笑っているのなら…もう、良いのです」 「何故…何故お前はそうも、心穏やかにおれるのだ」 「ふふふ、何故でしょうね。 清水様がこうして此処に居てくれるからかも知れませぬ」 格子へ右手を絡めると、外から大きな手がゆっくりと重ねられた。 「……もう一つ、聞いても良いか?」 「はい、何なりと」 「前々から気になっていた。お前のこの煙管の跡は、どうしたのだ?」 「あぁ。 此処には、昔とても大事なものがあったのです」 本当に、心から大切なものだった。 道端の砂利を拾って作った只の腕飾りに見えても、それだけが私の心の拠り所で。 「ですが、ばちがあたってしまったのです」 「ばちが…?」 「はい。私が、今をしかと見ていなかった。 これは、その代償なのです」 (私の心が此処へ染まる為の…過去と決別する為の、代償) 「……そうか」 グイッ! 「っ、ぇ」 重ねられた手が私の手首を格子の隙間へ押し付ける様に強く動き、焼け跡の上に暖かい何かが押し付けられた。 「っ、清水、様…何を」 「見てわからぬか? 口づけだ」 「な、ぜ…こんな」 「酷く、悲しいからだ」 (悲しい……?) 「この様な日々、目を背けたくなるのは当たり前だ。だが、下を向けばこれが見えるのだろう?だからお前は常に前を向いていなければいけない。まるでこの現実から、目を離すことができないかの様に。 俺は、それを酷く悲しく思う」 「っ、」 「少しでも軽くなればと思っての事だったんだがな。ははっ、俺も酔いが回っているな」 「しみず、さま……っ」 「…梔子? 何故、泣いているのだ」 「っ、ふふふ、何故っ、で、しょうか……」 ぽろぽろ ぽろぽろ 溢れてしまった涙が、止まらなくて。 「っ、嗚呼…格子が邪魔だな」 「格子が無ければ、拭ってくれました?」 「そうだな。あわよくば舐めとっていたかもしれん」 「まぁ。清水様も、口が達者になられましたね」 「はははっ」 そのまま、格子を挟んでポツリポツリと話をしては、笑い合っていて。 「ーーな、あ、れは……っ、!」 それを、竹田様が驚愕の表情で見つめておられたことに 気づかなかった。

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