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『〝やくそく〟だ、伊都!』
それは、幼き日の夢。
幸せだったあの日の記憶。
もう決して戻る事などできはしない、そんな儚い……あの日のーー
「………ん、んぅ…、」
「伊都、伊都!」
「…ここ、は……?」
「っ、伊都!」
大きな暖かいものに、がばり!と包まれる。
(これは…なに?)
私は、あの火の中で死んだのでは………
「ーーっ!?
清水さ、っ、コホッ、ゴホゴホっ」
「伊都っ」
咳き込む私の背を、和孝がゆっくりと撫でた。
(………〝伊都〟…?)
待って。
今、和孝は私を何と……?
「伊都、伊都。漸く見つけた」
ぎゅぅっとその身を抱きしめられる。
「俺は清水などではない。お前は、もう初めから気づいておったのにな」
「……ぇ、」
「〝和孝〟と、呼んではくれぬのか?」
「ーーっ! ぁ、」
クイっと右手を握られた。
「竹田から…全て聞いた。此処には、俺と同じ腕飾りがあったのだな」
「っ、」
「煙管の跡がこんなにも爛れて、さぞ痛かっただろう…遅くなってすまない。
幼き頃、俺はお前を女と思っていた。どうりで吉原でお前を探し回っても見つからぬ筈だ。
ーーそして、俺が梔子に心惹かれたのも、道理」
「……ぇ、」
和孝の唇が、爛れた煙管の跡に優しく触れた。
「もう、俺たちを拒む格子は無くなった。全て燃え落ちたのだ」
「楼主、様は…」
「死んだ。焼け跡から骸が出てきたらしい。竹田は役人に捕まった」
助かった見世の者は、それぞれ別の見世へ引き取られていったそうだ。
「撫子は連れが持っていったぞ。大層気に入っているらしい。そして、お前は俺が引き取った」
「引き、取っ…?」
「あぁ。此処は俺の屋敷だ。そして、今からお前のものでもある」
ジャリ…と和孝が腕飾りを外して、私に付けてくれる。
「伊都。幼き日のあの約束を、覚えているか?」
「っ、でも…私は男で……もう、この身は、幾度となく他の方に…」
「そんなものは関係ないのだ。男でも女でも、それが伊都ならそれでよい。
お前の身は、これから俺が嫌という程上書きしてやる」
「ーーっ、和、孝……」
「くくっ、漸く名を呼んでくれたか、伊都」
溢れてくる涙を、優しい体温が拭ってくれる。
(こんな、事って)
本当に…私は夢を見ているのでは無いだろうか……?
ゆっくりと近づいてくる顔に、そっと唇を重ねる。
「嗚呼、これだ。
俺が探していたものは、この匂いだ」
肩に顔を埋められ、擽ったくて泣きながらくすくす笑ってしまって。
「梔子の匂いは、お嫌いですか?」
するりと、初めて逢った日のあの言葉が口から漏れ出たーー
(願わくば、)
(未来永劫、貴方と共に あれますように。)
fin.
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