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「あ、吉井」 「? どうしたの一条くん」 「今日放課後、部活終わんの待っててくんない? ちょっと話したいことあるっていうか」 「わ、分かった!」 きた。 これは、きたかもしれない。本当に。 あ、ちょっとどうしよう、もしかしたら本当にそうなのかも。 (雪や珊瑚にいい報告できるかなっ!?) 入学してまだ3ヶ月くらい。 なのに、まさか夏休み前に結ばれるかもなんて思ってもみなかった。 夏休み一緒に過ごせるかな? 一条くんのお母さんたちにも久しぶりに会えるかな? 夏祭りとかプールとか…あと他にもいろいろやりたいことあって、それからーー 考えれば考えるほど頭がいっぱいになってしまって。 早く部活の終わる時間にならないかと、ソワソワしながら時計を見てた。 *** 「悪い。待ったよな、お待たせ」 「全然っ!宿題してたらすぐ時間過ぎたよ」 嘘です。 ほんとは宿題なんてひとつも手につきませんでした。 素早く帰る準備をして、席を立つ。 誰もいない教室。 外はもう暗くて、シィ…ンと静かな空間が広がってて。 「……あの、さ」 「うん」 視線を右に左に動かしてた一条くんと、ようやく目があった。 「吉井さ、俺が『なんでこの学園きたの?』って聞いた時『前々から来たいと思ってた』って言ったじゃん。 その時はまぁ確かにここ有名だしなぁってなったんだけど、でもやっぱ考えてみたらちょっと出来すぎじゃね?って思って。 いや、別に疑ってるわけじゃないんだ!俺だって強い気持ちでサッカー追ってるし、吉井もこの学園入りたいって強く思ってたんならなんもおかしくない。けど……」 (けど……?) 「あの、さ…俺、薔薇探してるじゃん? みんなも知ってるし吉井も知ってると思う。母さんたちが俺の将来とか考えて校長先生頼ったんだ。 俺が探してる薔薇は赤色で、その子もきっと早く見つけてほしいだろうし絶対見つけてやらなきゃと思ってる。で…… 俺、もしかしたらお前が赤薔薇なんじゃないかなって…思ってて……」 「っ!!」 ……これは、もういいよね? 「運命の人に聞かれたら」って、このことであってるよね?? ぶわぁっと体が熱くなって、真っ直ぐに一条くんを見る。 小さい頃からずっと好きで、転校したときはたくさん泣いて、テレビに映らないかな?ってサッカーの番組ばかり予約して…… 忘れようとしたけど、でも忘れられなかった大切な人。 そんな人と奇跡的に運命が繋がって、ようやく結ばれるなんてほんとに夢みたいで。 嬉しくて嬉しくて、涙で目の前が…歪んでーー 「けど、正直まだ……迷ってて」 「………え?」 迷う?なにを? そう思ってるなら聞いてみればいいじゃん。 それで違ったらまた探せばいいし。 まぁ今回は僕がそうだから、違うことなんてないけど。 でも迷うなんて、一条くんらしくないーー 「だってさ、〝男同士〟とか考えてもなかったじゃん?」 「ーーっ、ぁ」 〝男同士〟 「正直ここ男女共学だし、普通に女子から探したんだよな。けど全然しっくりこないってか違うなって感じで…勿論全学年見た、あと女の先生も。でもなんか違くて…… それで、もしかしてって男にも目を向けたんだ」 そしたら、なんかそういえば入学式すげぇびっくりして思わず話しかけて、クラスもたまたま一緒で、ひとりでこの学園来たのを忘れるくらい仲良く話せる奴がいるなと思って。 灯台下暗しっていうか、もしかしたらそうなんじゃ…?って。 けど、俺女子としか付き合ったことねぇし恋愛対象も女が当たり前だし、だから正直戸惑ってるっていうか、なんというか……そのーー 慌てながら取り繕う一条くんの優しさは、今は全てが刃に変わる。 赤薔薇を証明するための指輪は、ただの重い鉛になって首から下がったままで。 (あぁ、そっか。そうなんだ) 『朱香は、男だから一条くんを好きになったの?』 最近話した雪の言葉が頭をよぎった。 そっか、僕はきっと想いに真っ直ぐすぎて、性別とかを感じてなかったんだ。 男でも女でも、一条陽太って人自身のことが大好きすぎて……忘れていたんだ。 ーーこれが、普通じゃないってことを。 「ぁ、いや吉井のことを傷つけたいわけじゃないんだ、本当に! けれど吉井も…その、もし運命の相手が男として、それに耐えれるのかなと、思っt」 「耐えれるよ」 「………ぇ?」 (あぁ違うな) 〝耐えれる〟じゃない。 耐えるとか、そんなんじゃなくて。 「僕は、その人が僕のことを大切に思ってくれるなら…… その人以上はありえないだろうなぁって、思う」 男か女かは、本当に関係がなくて。 ただ、そこに気持ちが……心があるのなら、そんなのはどうでも良くて。 だから、僕はーー 「っ、ごめんなんか、こんな話して」 「ううん!相談してくれて嬉しかったよ。 やっぱ運命ってすごく重いし悩むよね」 いつも真っ直ぐで、努力を惜しまないところがかっこいい一条くん。 (そんな彼を悩ませてしまってるのは、僕) サッカーの傍ら、自分の薔薇を早く探すためたった3ヶ月で全学年の女子や女性の先生方を見て、そして「もしかしたら」と僕へ目を向けた。 でも戸惑いの方が大きくて、多分モヤモヤが積もり積もって今日話してくれたんだと思う。 嬉しい、正直な気持ちが聞けて。 痛い、その素直な言葉が心に刺さって。 (……くや、しいっ) なんで僕は…一条くんは、女じゃないんだろう……? 「……もう下校時刻だからさ、そろそろ帰ろっか」 「あ、あぁそうだなっ。鞄とってくるわ」 「うんっ」 知ってるつもりだった。 気持ちだけではどうにもならないことがあるっていうことを。 価値観や世間体は、生きていく上で確かに重要で。 けど、僕はそんなのよりも…あなたの心がただ真っ直ぐに、欲しくて…… (なぁんて、馬鹿みたいだ、僕)

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