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「……二永さん、どうしたんですか? 元気ないですね。 そんなにあの子とバイバイできなかったのが寂しいんですか?」 「…別に……」 「しょうがないじゃないですか。二永さんがトイレ行ってる間にお父さん見つかったんですし。 あの子、笑って手を振ってましたよ」 あの後。 他にもいろいろと観光したが、なにをしても気が乗らなくて結局予定より早く宿に戻って来てしまった。 歩き回ったから先に温泉へ浸かって、夕飯まで部屋でゆっくり過ごそうとお茶を入れて。 「……なぁ、古谷」 「はい?」 「お前さ、子ども欲しいとは思わなかったの?」 「…………え?」 どうせこの後話さないといけなかった内容だ。 なら、早めに話しといていいだろう。 折角のいい機会。先延ばしにするのは……もうやめた。 「普通を知って、結婚とか子供とか考えなかったのか?」 高校時代俺を中心に回ってたのが、俺が目の前から消えたことで一気に広がった世界。 そんな中で〝普通〟や〝当たり前〟を沢山経験して、自分の価値観を見出して。 なぁ、 一体その価値観は 俺の知ってたお前を…どう変えたんだ……? (あぁ、本当に情けない) 自分から突き放したのに、変わったお前に拒絶されるのがこんなにも怖いとは。 「もう私の世界にあなたは要らない」と切り捨てられるのが、こんなにも恐ろしことだとは。 思っても…みなくてーー 「……あぁ、成る程。そういうことですか」 呆然と俺を見ていた顔が、何故かクスリと笑った。 「確かに、私は女性と付き合いました。彼女も数人経験して、手を繋いだりキスをしたり、セックスもしました。 ですが、その人たちと結婚したいとは思いませんでしたし子どもも欲しいと思いませんでした」 「っ、だがこの世界ではそうすることが普通だ。 お前は、ここままだと自分が世の中とズレることになると理解しただろう?」 「えぇそうですね。この国ではまだ同性愛は認められていませんし、風当たりは強いでしょう。 けれど、しょうがないじゃないですか。 ーーだって、もう愛してしまってるんですから」 「っ、」 「はぁぁ、あの子に当てられましたか。私がパパするの似合ってました? でも、二永さんも凄く似合ってましたよ。あやしたり抱っこしたり、まるで本当に親子のようで…… ですが、同時にさっさと本当の親が見つかればいいのにと思いました。 折角の旅行を邪魔されてしまった」 「なっ、お前」 いつの間にか隣に来た古谷が、俺の両手を強く握る。 「二永さんと離れてからいろいろなことを知りましたが、頭の中から二永さんが消えることはありませんでしたよ。 どんなに価値観が変わろうと、私の世界はやはりあなたを中心に回っていて…… どんなに普通を知っても、残念ながら私は あなたが好きです」 「ーーっ、」 「盲目的に好きになるのと、状況を理解して好きになるのは違いますね。 その為に二永さんは私を引き離したんだとちゃんと察せるくらいにはなったと思うんですが…… ねぇ、二永さん。 私はもう、普通であることに満足しました」 「まん…ぞく……?」 「はい、もう満足しすぎてお腹いっぱいです。 だからいい加減、次はあなたと一緒にいることに満足したい。 ーーこれが、私の答えです」 「…………っ、はは、は……」 あぁ、もう……いいか。 (もう いいや) 「というか、そんなことで悩んでたんですか? 小さい男ですね」 「はぁぁーほんっとお前性格変わったな、俺がこんなに悩みまくってたのに…可愛くねぇ」 「私をこんなにしたのはあなたですよ。 ……二永さんも、もう答えは出ましたか?」 「あぁ、そうだな」 お前と離れてる間、他のなにをしてもお前のことが頭から離れなかった。 普通の生活をしたが、やっぱりどうしても俺は 古谷じゃないと駄目なようで…… (俺だって、もうお前のいない当たり前には十分すぎるほど満足している。けど再会した時、お前が普通を望んでいたら…俺は身を引こうと思っていて。だがーー) 「本当に、俺でいいのか?」 「違いますよ、あなた〝が〟いいんです」 「っ、ははっ、そうか。 なぁ、まだ持ってるか?」 「? なにを……っ!それ………」 財布から出したのは、2つの色が混ざり合った薔薇の指輪。 「あのとき、校長室で返したのでは……」 「返そうとしたんだが『使うときがくるから』って結局受け取ってもらえなかった。 まぁ、確かにその時は来たけどな。古谷は?」 「わ、私だって…ずっと、肌身離さず持ってて……」 首から下げていたのは、俺と同じ色のもの。 それを外し、チェーンから指輪を取る。 「あーぁ、何年越し?」 「忘れましたよ、そんな…の……っ」 目と前の顔からポロリと流れ落ちた涙は、本当に綺麗で。 あぁ、これまでずっとどんな想いで首から下げてたんだろう? 言えなかったこと、言いたかったこと、これから生まれる言葉も全部を、俺はお前の口から聞きたい。 聞いていきたい。 今度はもう離さないように……心を重ねながらーー 「やっと見つけられた、俺の薔薇」 「〜〜っ、ふ」 震える左手の薬指に、綺麗な2色模様の薔薇をつけてやり。 俺の指にも、同じ物がゆっくりとつけられる。 「あぁー、こりゃ絶対校長から笑われるな」 「っ、クスッ、きっとそうですね」 「いくらなんでもこじらせすぎじゃ」って言われる、絶対。 でもまぁ、納得のいく結び方したしいいか。 掴んだものに比べりゃ、小言の2つや3つ可愛いもんだ。 (さぁて) これからこいつをどう愛していこうか。 なにをしよう、何処へ行こう、どうやって過ごそうか。 運命だかなんだかは知らないが、古谷は俺を選び、俺も古谷を選んだ。 ならば、次は互いに一緒にいることに満足しなければ。 「ま、とりあえず飯食うかな。もうすぐ運ばれてくる時間だろ?」 「そうですね。食べながら校長先生になにか言い訳を考えましょうか」 「そうだな。 ……なぁ、今夜はお前も食っていいのか?」 「お好きにどうぞ」 「ほぉぉー…古谷、ひとつ言ってもいいか?」 「? なんですか?」 「女抱いてたお前抱くの、すげぇそそる」 「下衆ですか」 まだ「好き」も「愛してる」もなにも言ってないのに、既に言ったかのような距離感。 でもちゃんと言葉にしてやりたいから、面と向かってじゃなく今夜抱いてるときに言おう。 遠回りしてようやくたどり着いた未来。 学生には負けるが、俺たちは俺たちのペースで少しずつこれまでの穴を埋めていけばいいと思う。 (……まずは名字呼び変えるか) 普段は名字で、2人だけの時は「染(ゼン)」と「透(トオル)」と名前呼びにして。 そんな感じで、どんどん2人だけの〝普通〟を、〝当たり前〟を作っていけばいい。 そうやって、ゆっくりと この距離感に……満足していこうと思う。 (やっと絞り模様の薔薇の指輪が返って来たか。長かったのぉ…… まぁ、ワシは二永くんが学園に帰って来たときからこうなることは分かっていたがな) (さぁて、次は何色かな?) *** [絞り模様の薔薇の花言葉] 満足 絞り模様の薔薇ってどんなのだ?と思ってググって、めちゃくちゃ綺麗でびっくりしました。 こんな2色混ざった豪華な薔薇咲いてたらそりゃ満足するだろうな。 大人のこじらせ愛を書きたかったです。 引き続きお付き合いいただけると幸いです。

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