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今日は雨。 外からはザアザア音がしていて、部活動も早く終わっている。 保健室の戸締りをしながら溜め息を吐いた。 この関係をどうやって終わらせたらいいか、わからない。 「やめよう」と言ってやめてくれる子ではないのは重々承知だ。 なんとかしたい。これはあの子のためにもならない。 けど、一体どうすれば…… (なんて、簡単だろ) そんなの、私が指輪を返せばいい。 「バレてしまった」と言って校長先生に指輪を返してしまえば、きっと私は次の学校へ移動させられる。そうすれば必然的にあの子との関係も終わる。 大山くんにも次の薔薇が現れるはずだ。 知らないけど、運命なんてただの相性で自分が一番良かっただけだろう。他にも相性の良い人はいる。 別に1番じゃなくて良いじゃないか。2番でも3番でも、彼が幸せになるなら、そっちのほうがずっといいじゃないか。 こんな汚れた体の奴と、結ばれたってーー 「先生?」 「っ、ぇ」 ハッと顔を上げると、暗い廊下に水溜りを作り佇んでいる大きな体。 「大山くん!? どうしたのこんなところで……というか濡れすぎ!傘は!?」 慌てて駆け寄って、持ってたハンカチを高い位置にある頭へ投げるように被せた。 「部活随分前に終わってたよね? 何してたの?」 「片付け忘れてる道具があって、それしまってて。 普段は出したままでいいけど濡れるとまずいやつで、最近全然雨降ってなかったし普通に抜けてたんだろうと思って、それで」 「まさか、それ1人で片付けしてこんなに……?」 「はい」 「っ、」 触った服は冷たくて、全身冷え切っているのがわかる。 片付けなら、きっと両手を開けるため松葉杖も使わなかったんだろう。骨はくっ付いてるし歩けはする。 けど無理しすぎだ、折角しているリハビリを台無しにする気か!? 彼にもその自覚があるようで、姿勢のいい背中が曲がっている。 まぁ、だからこうして私のところに来たんだろうけど…… 「先生、すいません……でも俺、部員のために何もできてないから呼び戻すのも気が引けて、自分でやろうと思ったら結構時間かかってしまって」 「あぁもうわかった、わかったから」 言い訳は後だ。とりあえず彼をどうにかしなくては。 「大山くんの家は学校からどのくらい?」 「す、すぐそこです」 「ならそっちの方が近いか。送るから、先に風呂に入って温まろう。 それからのほうが筋肉も柔らかくなってるし、リラックスした状態でマッサージできるから。 ほら、風邪ひくから早く」 グイッと手を引っ張り、他の先生たちへの挨拶もそこそこに自分の車へ急いだ。 *** (やってしまった……) シンプルなリビングの床に正座。 目の前のテーブルにはペットボトルのお茶。 聞こえるシャワー音にぶわぁっと体温が上がるのを感じながら、忙しなく視線を彷徨わす。 どうしよう、成り行きとはいえ部屋に上がってしまった。 慌てる彼を宥め、「気にしなくていいから先ずはゆっくり入ってきて」と脱衣所に押し込んでしまった。 なにが気にしなくていいだよ、やばいって…… 「………っ、」 大山くんの匂いがする部屋。 ここで彼は毎日生活してるんだ。確か出身は地方だったな。高校生から一人暮らしをさせるなんて、余程両親はこの学園に懸けてるんだろう。 スポーツ雑誌やトレーニングで使う道具以外、なにも無い。 いや、もしかしたらベッドの下とかにあったりして…… (って、なに考えてるんだ私は!) 火照る顔を両手でパタパタ仰ぐ。 相手は学生だぞ? あって良いじゃないか、むしろ健全だろ! 変な想像するなよもう…こっちのほうが学生みたいじゃないか…… でも、ここは自分の愛する人の部屋。 それだけでクラクラしてしまうし、まるで夢みたいに地に足がついてない感覚。 まずいな、一旦深呼吸して自分を落ち着けーー 「すいません先生、お待たせしました」 「っ、」 バタンと開いた扉。 見ると、ホカホカ湯気を立ててる、普段より薄着のがっしりとした体が立っていて。 「……先生?」 「ぁ、ごめ、なんでもないっ。マッサージしようか」 視線を逸らすよう立ち上がり、ベッドへ向かった。

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