46 / 84
5
今日は雨。
外からはザアザア音がしていて、部活動も早く終わっている。
保健室の戸締りをしながら溜め息を吐いた。
この関係をどうやって終わらせたらいいか、わからない。
「やめよう」と言ってやめてくれる子ではないのは重々承知だ。
なんとかしたい。これはあの子のためにもならない。
けど、一体どうすれば……
(なんて、簡単だろ)
そんなの、私が指輪を返せばいい。
「バレてしまった」と言って校長先生に指輪を返してしまえば、きっと私は次の学校へ移動させられる。そうすれば必然的にあの子との関係も終わる。
大山くんにも次の薔薇が現れるはずだ。
知らないけど、運命なんてただの相性で自分が一番良かっただけだろう。他にも相性の良い人はいる。
別に1番じゃなくて良いじゃないか。2番でも3番でも、彼が幸せになるなら、そっちのほうがずっといいじゃないか。
こんな汚れた体の奴と、結ばれたってーー
「先生?」
「っ、ぇ」
ハッと顔を上げると、暗い廊下に水溜りを作り佇んでいる大きな体。
「大山くん!? どうしたのこんなところで……というか濡れすぎ!傘は!?」
慌てて駆け寄って、持ってたハンカチを高い位置にある頭へ投げるように被せた。
「部活随分前に終わってたよね? 何してたの?」
「片付け忘れてる道具があって、それしまってて。
普段は出したままでいいけど濡れるとまずいやつで、最近全然雨降ってなかったし普通に抜けてたんだろうと思って、それで」
「まさか、それ1人で片付けしてこんなに……?」
「はい」
「っ、」
触った服は冷たくて、全身冷え切っているのがわかる。
片付けなら、きっと両手を開けるため松葉杖も使わなかったんだろう。骨はくっ付いてるし歩けはする。
けど無理しすぎだ、折角しているリハビリを台無しにする気か!?
彼にもその自覚があるようで、姿勢のいい背中が曲がっている。
まぁ、だからこうして私のところに来たんだろうけど……
「先生、すいません……でも俺、部員のために何もできてないから呼び戻すのも気が引けて、自分でやろうと思ったら結構時間かかってしまって」
「あぁもうわかった、わかったから」
言い訳は後だ。とりあえず彼をどうにかしなくては。
「大山くんの家は学校からどのくらい?」
「す、すぐそこです」
「ならそっちの方が近いか。送るから、先に風呂に入って温まろう。
それからのほうが筋肉も柔らかくなってるし、リラックスした状態でマッサージできるから。
ほら、風邪ひくから早く」
グイッと手を引っ張り、他の先生たちへの挨拶もそこそこに自分の車へ急いだ。
***
(やってしまった……)
シンプルなリビングの床に正座。
目の前のテーブルにはペットボトルのお茶。
聞こえるシャワー音にぶわぁっと体温が上がるのを感じながら、忙しなく視線を彷徨わす。
どうしよう、成り行きとはいえ部屋に上がってしまった。
慌てる彼を宥め、「気にしなくていいから先ずはゆっくり入ってきて」と脱衣所に押し込んでしまった。
なにが気にしなくていいだよ、やばいって……
「………っ、」
大山くんの匂いがする部屋。
ここで彼は毎日生活してるんだ。確か出身は地方だったな。高校生から一人暮らしをさせるなんて、余程両親はこの学園に懸けてるんだろう。
スポーツ雑誌やトレーニングで使う道具以外、なにも無い。
いや、もしかしたらベッドの下とかにあったりして……
(って、なに考えてるんだ私は!)
火照る顔を両手でパタパタ仰ぐ。
相手は学生だぞ? あって良いじゃないか、むしろ健全だろ!
変な想像するなよもう…こっちのほうが学生みたいじゃないか……
でも、ここは自分の愛する人の部屋。
それだけでクラクラしてしまうし、まるで夢みたいに地に足がついてない感覚。
まずいな、一旦深呼吸して自分を落ち着けーー
「すいません先生、お待たせしました」
「っ、」
バタンと開いた扉。
見ると、ホカホカ湯気を立ててる、普段より薄着のがっしりとした体が立っていて。
「……先生?」
「ぁ、ごめ、なんでもないっ。マッサージしようか」
視線を逸らすよう立ち上がり、ベッドへ向かった。
ともだちにシェアしよう!