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「彩ちゃんが俺の薔薇かなって思い始めたのは、本当に偶然。
校舎裏で初めて会ってから、何日か話したとき」
小里のことは知っていた。
人形みたいに可愛い、2年の間でも注目の的。
でも、それがこんな子だとは知らなかった。
猫と戯れるときの楽しそうな顔。
焦って追いかけてる姿。
餌をやる手を舐められ、くすぐったそうに笑う小さな声。
そして、明らかに俺のことを邪魔だと思ってるような雰囲気。
それが面白くて面白くて、癒されて。
あんまり自分から女子に話しかけたりしないのに、気がつけば通ってしまっていた。
「案外表情豊かなんだなって。
高嶺の花とか言われてるけど実はすごく人懐っこそうで…
というか、話をするのが好きなんだろうなと思った」
話をするのが好きなのに、人付き合いが下手なのか?
不思議な矛盾を感じる中、せめて自分は話し相手になってあげたいと思って。
どうしてそんな面倒臭いこと考えるんだと自問自答した結果、薔薇じゃないかという結論に達した。
観察して、惹かれて、また観察して。
これまで見てきた人たちには無いものを確かに持ってると、思って。
この子が自分の隣にいることが、すごくしっくりきた。
「そんな中、男ということが分かった」
「っ、」
「びっくりしたよ、本当に。
けど正直ーー」
「ご、めんなさ……僕っ」
「ちが、聞いて聞いて。
どっちでもよかったんだ」
「……?」
「なんか彩ちゃんが男でも、全然普通に受け入れられてて」
ダメージが0だった。自分でもびっくり。
あぁ、俺男でもいけるんだ。もしかしたらこれまでの薔薇が男同士多いから、自然と心構えができてたのかもしれないけど。
でも、
「そういうのどうでもよかったんだな俺って、と思って」
性別じゃなく〝小里 彩〟という人自体を好きになっていたことを、知った。
なんで女の格好をしてたんだろう? きっとなにか理由があるはずだ。
それが、いつも感じていた不思議な違和感と関係するのかも。
知りたい。助けが必要なら手を貸してあげたい。
なにか、自分に出来ること……
ーー今回のは、そんな矢先の出来事だった。
「け、ど……男同士って、その…色々難しいというか」
「彩ちゃんは、なんであのとき俺を呼んだの?」
ヤられる寸前、咄嗟に出た名前。
気づいたら、何度も連呼していた。
「あれは、俺に来てほしかったからでしょ?」
来て…ほしかった。怖くて、どうしようもなくて。
ただ七井に、抱きしめられたくて。
ーー選んで、ほしくて。
「なのに、指輪返すとか言わない。
彩ちゃんは俺のなんだから、このままでいて。ね?」
「………っ、」
(そ、んな……いいの…?)
放課後言ってたのとは真逆の、男なのに。
これからいっぱい大変なことあるのに。
また童貞からスタートの、ステータス0になっちゃうのに。
ーーなのに、これは正に 僕が求めていた選ばれ方で。
「それにさ、いい加減あいつらがうるさいの」
「?」
「彩ちゃん連れてこいって」
『なんだよまだ手こずってんのか? 手伝う?』
『大丈夫なの?』
『男版小里と話すの、ちょー楽しみなんですけど』
『はよしろ七井〜』
「女子たちもみんな心配してる。
いつでも寮戻ってきていいって言ってた」
「寮……」
「うん、でも俺も寮申請したからもうすぐ入るよ。
彩ちゃんと同じ部屋にしてもらう予定」
「え、確か…家近いって」
「嫌なんだ、これ以上彩ちゃんが危険な目に遭うのが。
元々親元離れてみたかったし、運命の人と一緒にいるって言ったら絶対納得してくれると思うんだよね。
運命の人の抽選申し込んだの両親だし。
だからーー」
話しながら、コツンと優しくおでこを重ねられた。
「これから、少しずつでいいから彩ちゃんのこと 知っていけるといいな」
「〜〜っ、ふ」
あったかい。
心にじんわり広がって、どうしようもなく泣きそうになる。
いつか、自分のトラウマを言える時が くるのだろうか。
すべてを曝け出しても、受け止めてくれるだろうか。
わからない。けど、
(きっと、大丈夫な気がする)
だってこの人は、自分の運命の人だから。
「彩ちゃん。
俺は彩ちゃんのことが好きです。
だから、これからも一緒にいさせてください」
「〜〜〜〜っ、はぃ」
至近距離で明るく笑うのに釣られて、一緒に笑って。
すかさず「やった!」と抱きしめてくれる背中に、僕も腕を回した。
「あ、そうだ。
彩ちゃんが校舎裏来なくなってから、ミケ赤ちゃん産んだよ」
「えぇ!?」
ということは、あの時助けた猫はミケの子どもだった!?
「お嫁さん綺麗な白猫で、めちゃくちゃ仲良いからまた会いにいこうよ。
ってかさ、俺も知らなかったんだけど三毛猫のオスってすごい珍しいらしいよ。だからここ卒業するとき一緒に連れていこっか。このままだと売人?に捕まるかもって」
そんな…知らなかった。
ミケってオスだったのか。てっきりメスかと……
(というかすごい。
僕、未来の話してる)
ずっと下ばかり向いてたのに、いつの間にか前を向けていて。
将来の話が こんなに簡単にできている。
「よし、じゃあもう少し休もう。
俺も保健室いるから、起きたら寮帰ろっか。送る。
それで明日一緒に学校行って、指輪返そう」
「っ、ぅん」
頬をひと撫でし、「先生とこ行ってくる」とカーテンの外に出ていく。
まだ変化が大きくて、頭の中がぐるぐる忙しなく動いてるのがわかる。
けどこれは、現実で。夢ではなくて。
明日から学校。あんなに怖かったのに、もう怖くない。
七井やあのグループとも話をする。楽しみだ、今度こそ…ちゃんとした友だちができるのかもしれない。
それであと1年半したら、卒業して……
(将来は、ペット可の場所か)
アパートかな、一軒家でもいいな。
ミケたちと一緒にゆっくり日向ぼっこしながら過ごそう。
そして、七井とたくさん笑い合っていきたいと思う。
その時には、もう七井を下の名前で呼んでいるのだろうか。
「……ふふっ」
まだまだ遠いことなのに、もうその光景が鮮やかに想像できてきて。
それに、クスリと笑いながら
微睡みの中、ゆっくりと落ちていったーー
(7番目は緋色じゃったか。
小里くんがいい方向に進めて本当によかった)
(さて、次は何色かな?)
***
[緋色の薔薇の花言葉]
灼熱の恋
緋薔薇は後日談を1番書きたいです。
小里が過去の話をする回が想像できる。
次回もお楽しみに。
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