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「〝思いました〟を付けとけば何を言ってもいい。
〝悲しみが倍になる〟とか〝時間が経ったから辛くない〟とか、そういう訳のわからない物差しで比べられないものを比べてくる。
そういうのはみんな、脳内単細胞野郎のすることです」
「…脳内、単細胞野郎……」
「はい」
これまでのこいつからは考えられないえげつないワードに、思考が止まる。
そんな俺の表情がおかしかったのか「はははっ」と真面目顔を崩しながら、改めてこちらを向いた。
「私も経験あるんです、近しい人が亡くなるの」
「ぇ」
「まぁ、私の場合は仲いい友だちのお父さんだったんですが」
中1の頃だった。
小学生からいつも一緒に遊んでいた友人の父親が亡くなって、忌引きでその子が休んでいる時。
「クラスで『寄せ書きを送ろう』ってなったんです」
それは励ましたいという気配りからだったのかもしれないし、友人の悲しみに寄り添ってあげようと誰かしらが提案したものかもしれない。
でも、その寄せ書きが自分に回ってきたとき 絶望した。
「薄っぺらかった、すべてが」
友人とそんなに喋ったことないだろう子の、綺麗に並んだテンプレ文字。
ここぞとばかりに書き込まれた、いくつもの『辛いね』『元気になって』『大丈夫』。
『書いた?』と聞いてきた先生の顔も、『思いやりを学ぶには丁度いい。道徳にもなるしあわよくばクラス団結にも繋がる』という感情が見え隠れしているようで。
それが気持ち悪くて、気持ち悪くて。
「多分、悲しみ……
特に〝死〟というものは、自分に近しい人を亡くしたことのある人にしか その重みはわからないと思います」
そんな薄っぺらい慰めや聞き飽きたような言葉なら、かけてやらないほうがいい。
受け取った側の心が、もっと虚しくなるだけだ。
「結局私は書きませんでした。『直接伝えるのでいいです』って。
ーーそれからです。自分の運命の人について考えはじめたのは」
もし、将来自分に人生を共にしたい大切な人ができたら
運命のような人が現れたとしたら
なにがあっても、絶対に寄り添おう。
言葉はいらない。
どんなに突き放されても、いらないと断られても、絶対1人にはしないように。
「1番の、味方でいられるように」
その手だけは、離さないように したい。
中学生らしからぬ考え。
この先両親をも裏切りかねないその想いを、両親はそれでも『大切にしなさい』と言ってくれた。
それから中3になってこの学園を知って、相談して運命の人の抽選に申し込んでみて。
「入学式であなたを見つけて、抱えているものやその背景を知るうちに、段々と『あぁだからこの人には私が選ばれたんだ』と思いました。こんな考えの自分だからこそ、八雲くんの運命の人になったんだって。
それをどう伝えるかに、3年かかっちゃいましたけど」
「……あのさ、よく意味わかんないんだけど俺味方とかいらないよ? 別に俺の抱えるもの一緒に受け止めてほしいとかも思ったことないし。
これは、俺だけのものから」
「はい、八雲くんだけのものです。
私は はなから一緒に持つ気はない。
ーー私の想いを、聞いてくれますか?」
一歩、彼女が近づいた。
「私は、あなたの人生に寄り添いたい。
抱えているものを大切にしてるあなたの後ろから、背中を支えたいです」
横ではない、後ろにいる存在でありたい。
それは、例えるなら親友や相棒のような。
「そんなものいらないと思うかもしれません。
でも、残念ながら人はひとりでは生きていけない。心がなければいけるだろうけど、心があるから。
運命の形はひとつじゃないと思います。これまで結ばれてる人たちが、たまたま恋人という形をとってるだけ。
私のこの想いは、恋愛感情じゃない。いつまでも悲しみにくれる八雲くんを大きな愛で慰めたいとか、前を向かせたいとか、そういうものじゃない。
なにかあった時頼れるような、助けられるような、そんなものなりたいです。
だからいい加減、八雲くんも私のこと『運命の人=結ばれたいと考えている』っていう見方で見てくるの、やめてくれませんか」
「っ、」
確かに、運命はイコール結ばれるものだと思っていた。
ひとつの形しかないと。
だから嫌で、さっさと切ってしまいたいと考えていた。
運命について変なものの見方をしてたのは、俺……?
「いいじゃないですか、別に悲しみにくれてても」
明るく笑いながらまた一歩 近づかれる。
「1年しか一緒にいられなかった恋人をずっと一途に想うおじいちゃんとか、最高にかっこいいと思いますけどね」
「……お前、何言って」
「それで、そのおじいちゃんが亡くなったとき
私が絶対 翠くんの隣に埋めてあげるんです」
「ーーっ!」
「あなたと翠くんともまた、運命だと思うから」
運命の形は、ひとつじゃない。
俺はこのまま亡くなった人を想いながら生きていても、いい。
でも、施設育ちの俺がひとりぼっちで生きていくには、この世界は広すぎる。
だから何かひとつ、心を許せるものを。
気を遣わずに話ができて、綺麗事やお世辞を絶対に言わない
ーー例えばそれは、目の前の彼女のような。
「…もし俺が、ここでそういうのいらないって言ったら、どうする?」
「卒業してからも無理やりにでも近くにいます。連絡先とか意地でも聞きますから」
「俺が翠のほかにいい人見つけて、その人と結婚したら?」
「八雲くんがそうしたいなら止めないけど……なんか陰謀というか、脅されたりしてないか徹底的に調べあげます」
「翠の後を追って、死にたいって言ったら?」
「? そんなこと言う人じゃないですよ、八雲くんは」
「ーーっ、はは」
なんであんた、そんなに俺のこと知ってんの?
なんで俺なの? こんな面倒臭いの選んで付きまとうってなに? あんたも大概面倒臭い性格してるけど。
意味わかんなすぎて笑えてくる。
あーぁ、なんか。
(俺、何に悩んでたんだっけ)
「まぁ、これが私が伝えたかったことなので…その……
伝わりましたかね…?」
「多分? ってかあんたどこまでも敬語崩れないのな。同い年じゃん」
「これはもうクセで…というか、八雲くんも〝あんた〟じゃなくて名前で呼んでくれませんか?」
「……名前、なんだっけ」
「あぁぁそうだった、そもそも私たち話したの最近でまだ友だちですらなかったです!
あの、これお近づきのしるしに買ってきてて、よかったら……!」
「っ、そ、れ」
鞄から出されたのは、知ってるたい焼き屋の袋。
「ここのおじさんは、八雲くんのこと今も心配していました。
翠くんといつも一緒に買いに来てくれてたって」
『八雲、半分こしよう!』
俺の人生で 後にも先にも最も大切だった
たった1年しか一緒にいられなかった 最愛の人。
この想いは、忘れなくていい。
抱えたまま生きていても、いい。
俺は俺のまま、変わらなくてもーー
「〜〜っ、はは、何なのあんた、本当」
誰かの思い出の中に、俺と翠はどれだけいるんだろう。
それに興味がもてただけでも、俺のこれからはきっと変わる。
「あんたさ、誰に話聞き行ったの。教えて」
「ぇ、はいっ、えぇっと……」
真面目と思いきや案外話しやすそうな彼女の袋から取り出したたい焼きは 少しぬるくて、それにまた笑って
俺は、久しぶりに息が吸えたような 気がした。
(ほう…ドット柄が返ってきたか。
八雲くんが捨ててどうなることかと思ったが……彼女が拾ってくれていて助かったわい。
これから先、八雲くんはもうひとりにはならんじゃろう)
(さぁ、次は何色かな……?)
***
[ドット柄の薔薇の花言葉]
君を忘れない
少し実話を混ぜました。
死と向き合うのは難しいですが、別に逃げてもいいと思います。上部だけでこられ慰められるのが1番きついし、逆に気を遣う。特に教育業界、ここぞとばかりに教材に使うな、道徳にしてくれるな。
乗り越えなくてもいいし、ずっと抱えたままでもいいのかなぁと。
少なくとも自分は、何も言わずただその人がひとりにならないよう寄り添ってくれたほうが救われました。
次回もお楽しみに。
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