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「…ぁ、あの……」
「………なに」
初めて話してから、数日。
放課後、また空き教室に呼ばれた。
(なんなんだ本当、こいつは)
バックれたら後々ダルそうだから、前回同様呼びかけには素直に応じる。
だが、さっきから一向に話してこない。
呼び出したくせになんだよ。さっさと切ってしまいたいのに……
何か言いたげに見つめられるも、すぐ下を向かれ結局シィ…ンとした空気が続いて。
それが何度も何度も繰り返され、ついに意を決したのか大きく唾を飲む音とともにガバッと顔が上がった。
「あの!う、運命の件なんですが」
「それは前回言ったよ。結ばれる気ないって」
「そ、そうじゃなくて、えっと」
「何回言っても、何を言われても俺の答えは変わらないから。
あんたとの運命とか信じないしそもそも運命を信じてないし、だから悪いけどこの件は無かったことにしてほしい」
「ちがっ、違うんです、その」
「申し訳ないと思ってる、本当に。
あぁそっか、あんたの親にも謝ったほうがいい? せっかく抽選勝ち抜いたのに、相手がこれですいませんって。残念ですねって言ったほうがいい?
それともなんか慰謝料的な? それは勝手に俺選んだ校長先生に言うべきーー」
「っ、あぁもう!!
どうして八雲くんはそう自分勝手な考えで話をするんですか!?」
「………え」
「勝手に解釈しないでもらえます!?
というか、そもそも私がいつ『あなたと結ばれたい』って言いました!? そんなのひとっことも発してないんですけど!!」
「は?」
え、そうだっけ。
でも「運命ですよね」って指輪見せられた時点でそうなるのが普通じゃない? 今年指輪を返してる薔薇もみんなそうだし。
ってかなに、あんたそんな大きい声出んの。びびった。
眼鏡の下から覗く目は釣り上がっていて、顔は真っ赤。
真面目な雰囲気がどっかにいってしまい、思わず押し黙る。
「前回も話聞かずに一方的に出ていかれて……
お願いだから私に話させてください。途中で腰折ったら許しませんから」
「………」
「返事、もらっていいですか」
「わ、かった」
頷くと、スゥ…と深呼吸しながら「よしっ」と気合いを入れなおす彼女。
「まず、私がなんで3年になって声をかけたと思いますか」
「普通に気づいたからだろ、俺に」
「いえ、八雲くんが私の薔薇だってことは入学当初から知ってました」
「……? じゃあなんで」
「八雲くんが抱えているものを消化するのに、時間がかかって」
「………ぇ」
「調べたんです、あなたのこと」
学園があるこの場所が、地元。
それが功を成した。
「八雲くんの出身中学からここに来たのは、八雲くんだけ。
だから学校外の人たちに話を聞いて回りました」
今は他校に通ってる、かつて同級生だった生徒。
お世話になってたらしい先生。
育った環境、この街のこと、全て。
「初めはただ、自分の薔薇のことが知りたかっただけなんです」
学校で見かける度に感じる〝なにか〟。
本人に聞きたいけど、彼の性格からきっと教えてはくれない。
元々勉強好きで真面目といわれる部類に入る自分は、一度気になりはじめると止まることを知らなかった。
〝あれ〟はなんなのか。
一体なにが、彼をこうさせているのか。
まさかその先にこんな過去があることを、知らなくて。
話を聞けば聞くほど見えてくる真実に、動揺が隠せなくて。
「施設で育ってきたことを、知りました。
そして、翠くんのことも……知りました」
「…それって、全部……?」
「……はい。恐らく、全部」
「は、なんだそれ、最悪。
そんなストーカーまがいなことして、運命ならなんでも許されると思ってんのか? 他人の覗かれたくない過去覗いていい気味かよ」
「勝手に調べたこと、本当にごめんなさい。
まず、最初にこれを謝りたかった。
まさかこんな過去があったなんて……初めから八雲くんと話をしとけば、不快な思いは与えずに済んだ。
でも、聞いても教えてくれないと思ったから」
「教えてくれないから調べましたじゃねぇんだよ。
自己中も大概にしろ、まじで」
あぁ、本当に腹が立つ。
運命の人はそんなに偉いもんか?
知られたくない過去無理やりほじくり出して、大切な思い出に土足で入りこんで。
しかも翠のことを呼びやがった。嫌悪以外の何者でもない。
嫌だ。
こいつとは早々に縁を切って、立ち去りたい。
「…それで? 続けろよ、俺は話の腰が折れないんだろ? さっさと言いたいこと言って終わらせろ。
知ってどうしたんだ、同情? 嫌悪? 失望?」
「っ、そう、ですね……
男同士で付き合ってたというのも驚いたし、その子が亡くなってるのも驚きました。
でも、八雲くんが施設出身で好意やそういうのに疎かったのは想像できます。だから、初めて付き合ったのが同性でも納得はできるかと。
亡くなったことについては、相当辛かったと思います。同級生にもその時の話は聞きましたが、八雲くんは誰より1番近くにいた分、悲しみが倍だったんじゃないですか?
あれから何年か経って、気持ちはどうでしょう。翠くんも、いつまでも下を向いたままのあなたをきっと天国から心配してると思います。
これまで生きた時間より、これから生きる時間のほうがずっと長い。だから、もう顔をあげて、これからの人生を生きていくしかーー」
「ーーーーっ、おい!お前……!」
「なんて」
これまでペラペラ喋っていた口が、クシャリと歪む。
「そんなのは、単細胞の言うことなんですよ」
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