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中2の夏休み明けだった。
外は明るいのに担任の声は暗く、騒がしい教室の熱気も冷めきったのを覚えている。
交通事故。
歩道で信号が変わるのを待っていて、そこに車が突っ込んだらしい。
病院に運ばれたけど、即死。
登校日の1日前のことだった。
翠が、死んだ。
あんなに隣にいた、翠が。
『八雲!』
楽しそうに笑う、声が。
嬉しそうな顔が。
優しい温度が。
眩しくて眩しくてたまらなかった、手のひらが。
『八雲……』
全部 ーーーー
「久しぶり、翠」
墓石の前、鞄から線香を取り出す。
枯れてない花が飾られてるのをみると、数日前アイツの両親が来たんだろう。
空へ登っていく細い煙の線を見つめながら、その場に腰を下ろして座って。
(なぁ、翠。
運命って なんだろう)
中1の夏に付き合いだして、中2の夏に姿を消して。
お前との日々は、たった1年の出来事だった。
でも その1年は、紛れもなく俺の1番大切なもので。
(けどさ、俺ほかに運命の奴がいるんだって)
笑えるくね? 意味がわかんないわ。
あの日々はなんだったんだ?
あの幸せは、あの出来事は、
お前は…俺の運命じゃ……なかったのか?
「っ、はは、まじでクソ」
まるで、お前に世界を広げられた俺を簡単に手に入れられる感覚。
美味しいとこだけ掻っ攫って、さも自分が全てやってのけたような。
翠を踏み台に俺と結ばれたいと擦り寄ってくる、その〝運命の人〟というポジションの感じが
ーー最高に気持ち悪い。
あの学園に入れたことは、良かった。
地元でも有名…というか全国でも名を馳せる高校な分、就職にも有利。しかも近い距離でも寮に入れる。
施設にはもう帰らない。卒業したら働いて、1人で生きていく。
(俺がお前と出会う前の俺だったら、きっとこのまま結ばれてたんだろうな)
流れに身を任せてた、無関心な俺なら。
今も無関心なのは変わらない。
だが、例外ができた。
死んだ奴を例外にするなんて笑えるんだろう。
「早く忘れろ」って。
「なにやってんの」「次に進めよ」って。
けど、俺にはアイツとの1年が全てだ。
あの期間だけ、俺は息が吸えてた。
生きてるんだと実感できた。あたたかさに触れて、これが幸せなんだと知った。
もうこの先、そういうのを感じることなんて……無いと思う。
「………翠」
なぁ、お前は 今の俺を笑うんだろうか。
「いつまでそうしてるんだ」って、言うんだろうか。
(じゃあ、引っ張ってくれよ)
次はちゃんと握るから。
握り返す前に引っ張られてたけど、今度はすぐ握り返すから。
離れて、いかないように。
だからもう一度、もう一度だけ
『八雲!』
手を、握らせてくれよ。
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