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『ね、八雲。好きだよ』 アイツ、翠(スイ)はいつだって突然な奴だった。 中1のころ出会って、誰とでも仲良くなれる性格してんのに何故か俺の隣にいて。 『は、好き? 俺が?』 『うん』 好きなんて言われたこと、無かった。 物心つく前に親から捨てられ施設で育ってきた俺は、そういうのとは関わりのない場所にいると思っていて。 『八雲はね、飄々としてるところがかっこいいんだよ。 なんか掴みどころのない雲って感じ』 『…それ、名字とかけてるだけだろ』 『違うって!違う違う。 僕いつも相手に合わせるから、そういうのすごいなと思って』 『別に。人に興味がないから』 『……僕は?』 『?』 『僕には、興味ある?』 俺より低い身長。 これからでかくなるのを想定して買ったんだろう、ダボついた学ラン。 ボサついてない髪、やわらかい言葉遣い。 随所に愛されて育ってきてる跡というか、親の顔が見え隠れして、俺とは正に真逆の存在の奴で。 ーーの、前に 『俺、男なんだけど』 『? 恋愛に男も女も関係なくない?』 『いや、あるだろ』 『ないよ。 よし、分かった。じゃあまずそこから証明していくから』 「…………」 この通りにあるたい焼き屋は、学校帰りよく寄っていた。 アイツはいつも俺に無理やり買わせて、どっちも自分で食べていた。 『お前が2個買えばいいだろ』って言っても『それだと半分こにならない』とかって言って。 結局お前が食うんだから半分もクソもねぇだろと思ったけど、俺が折れていた。 なんで折れてたんだろう。今思えば本当理不尽極まりない。 でも、当時の俺は ただ隣で楽しそうに笑う声を聞くのが心地よくて。 (あぁ本当、いろんなところに行ったな) 図書館くらいしか行くとこがなかった俺の世界は、一気に広がった。 スイーツ屋にカフェに、ファミレスに、カラオケに。 ちょっと遠出して隣の県にも行った。 観光や遊園地、水族館、どれもこれもが初めてで。 〝母親〟というものと話をしたのも、初めてだった。 付き合いだしてからちょくちょくアイツの家に行くようになって、父親は仕事でいつも遅くに帰るらしく時々母親が顔を見せていて。 息子が彼氏連れてきてんのに、動じず迎え入れてくれるのに驚いた。 きっとたくさん葛藤があるだろうに、息子を尊重する姿勢は俺の中の〝母親〟の概念を壊していって。 『ん……っ、ふふ』 初めてのキスは、俺から。 なんでか分からないけどしたくなって、気づいたら唇を塞いでいた。 『もっと』とせがむ声が可愛くて、どんどん深くなったのを覚えてる。 体を繋げたのは1度だけ。キスからまた時間が経った頃。溶けてしまうんじゃないかと思うほど熱くて、互いに必死になって触って、動いて。 〝幸せ〟とはこういうことなんだと、身をもって知った。 翠は、本当に俺の中の当たり前を破壊しまくった。 手を繋がれて、握り返す前にどんどん引っ張られていって、静かだった日常は一気に音がするようになって。 『八雲!』 俺の毎日は、これからもこうして慌ただしく過ぎてくもんなんだと、思っていた。 『ねぇ、翠くん交通事故で死んじゃったんだって』 『うそ……!?』 ーーあの話を、聞くまでは。

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