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〝カケルくんは天才ね!!〟
幼い頃の俺は、いつも周りにそう言われていた。
両親の影響で気づいたら芸能界にいて、カメラやマイクを向けられていて。
受けた仕事は完璧にこなすぶん評価も高く、同年代でも頭ひとつ出ていた。
ドラマやCMも数多くこなして、歳をとるにつれ変化してくる要望にも答え、求められる仕事をして。
ーーそれでも、影で言われてしまう言葉。
〝やっぱり子役が歳とっても売れるのは難しいね〟
〝カケルの寿命ももうすぐなんじゃない?〟
〝歳取らなきゃ一生売れっ子なのになぁ。
本人が悪いわけじゃないんだけど世間が求めないんだよ、子役の成長を〟
わかってる。
幼い頃からしてきて今も一軍で輝いてる人なんて、数えるほど。
その僅かな人たちの中に自分が入れるとは、正直思ってない。
けど、頑張りたい。いけるとこまでやってみたい。
限界なんて自分で決めちゃいけないんだろ? なら、俺はどこまでも突っ走んなきゃ。
もっともっと、自分を輝かせなきゃ。
声変わりがきたのは、その思いが最も高ぶった頃だった。
喉への違和感。
高い声が出せなくなる感覚。
地声が変わって、子どもではなくなってしまう瞬間。
(ーーあぁ、やめよう)
あんなに膨らんでいた信念は、一気にパチンと消え去った。
いま思えば潮時だったんだ。
新しく芸能界に来た同年代の奴らに人気を抜かれてて、それに躍起になっていて。芸歴は遥かに俺のほうがあるのに、世間が求めるのは新しい顔で。
俺は、そいつらよりも求められていなかった。
その現実を見たくなくて、もう外に…世間に出たくなくて、引退後の俺は部屋に引きこもり全ての情報を遮断した。
自分たちのせいでこうなったという両親の負い目を感じたが、なにも言葉をかけられたくなくて。ただただ情けない息子で申し訳ないと思っていて。
ーーそんなときだ、音楽と出会ったのは。
いつか、どこかの楽屋へお邪魔し先輩役者と話をしてたとき。
『もしこの先辛くなることがあったら聴いてみて。すごい元気もらえるから』と、その人の好きな曲ばかりが入ってるCDをくれた。
当時は幼くてあまり歌詞を理解できず仕舞い込んでしまったけど、改めて聴き返したそれは…驚くほど俺に勇気をくれて……
『…う、うぇぇ……ひっ』
初めて、演技以外で心から涙がでたんだ。
それからはもう音楽の虜。
J-Pop・ロック・洋楽・クラシック・ジャス・讃美歌……
全てのジャンルを貪り尽くすように聴いて聴いて聴いて、感じるものを自分の内から外に出すよう作曲を始め、ネットにあげてみて。
無我夢中でやり込んでたら、いつの間にかこうなった。
Kluはカケルから。単純だけど特にいい名前が浮かばなかった。
関わりがあるのは芸能時代に顔を合わせたことのある事務所だけど、こんなにバレないもんかと思う。喋り方や声もあの頃と変わってはいるけど。
(でも、今思えばもっとかっこいい名前でもよかったよなー。
まさかこんなに売れるとは思ってもなかったんだよなぁ)
はぁぁ…とため息を吐きながら歩く廊下。
今日は年に数回の登校日。怠すぎて怠すぎて朝から憂鬱。
結局まだ橋立さんの曲作れてない。こんな時に限って登校日とか、タイミングクソなのでは。
(ていうか、いま文化祭の準備期間なのか……)
あちこちで見える準備の跡。
看板・紙で作られた花・ペンキの匂い・段ボールの破片。
……なんか、一気に普通の高校生と自分の差を感じ、猫背がもっと丸くなる。
俺背高いほうなんだけどな。成長期がきて一気に伸びて、マジで高くなった。声もその分低くなったけど。
けど、こんなに背中丸めてたらわからないだろうな。というかもう存在感すら薄い? いてもいなくてもわからない? いや不登校だから当たり前なんですが。
久々に見る周りのキラキラ青春についていけず、ぐぅぅと制服のブレザーを握る。
「ねぇ、今日橋立くん来てるんだって」
「まじ!?
まだホームルーム始まんないし見にいこうよ!」
(ぇ、)
パッと顔を上げた先、「行こ行こ!」と女子2人がパタパタ走っていった。
あの、それはもしかしなくても橋立 宙斗ですよね?
今日来てるの? まじで?? なんたる偶然???
彼とはもうここのとこ毎日話してる。昨日も話した。
いや、ほんと校長先生から言われたとき驚いたよ。正直あの橋立 宙斗かって。
でも、同時に感じたのは劣等感。俺は逃げ出したのに橋立さんはまだ芸能人生を続けてる。尊敬と負い目と、全部がごっちゃになってもっと閉じこもって……
(……どうする?)
俺も、生橋立を見にいってみるか?
なんか生橋立って美味しそう、生春巻きとか生八ツ橋みたい。じゃなくて。
見にいったら歌詞のひとつやふたつ浮かぶかもしれない。
それはすごくありがたい。Kluを始めてこんなに悩んだことない。このスランプから抜け出したい。
けど、自分の運命の奴に自分から会いにいくのは…やばいのでは……?
(いや会うわけじゃない、見るだけなんだ)
そう、見るだけ。きっと多くの野次馬がいるからその中に紛れて見る。大丈夫だ。
向こうは俺がKluということもわからないし、偶然目があっても「なんだあの根暗は」で終わる。そうだそうだ恐れることは何もない。
と言いつつそろりそろりと忍び足で着いたそこは、見事な人だかりが出来上がっていて。
その中をなんとか掻い潜り、猫背を伸ばして教室を覗く。
「ーーーーっ、」
真っ直ぐに上げられている顔。
整った正しい姿勢。
静かに席へ座っている、綺麗な人。
離れていても感じるくらいのオーラに、思わず喉がヒクリと鳴った。
(…あぁ、やっぱ見ないほうがよかったかも)
俺より低い身長なのに、あんなにシャンとしてる。
俺のほうが小さい。まだ芸能界続けてたとしても、きっと簡単に負けてただろう。
改めてきた劣等感に、自然とまた背中が丸まっていく。
コソコソ……
「知ってる? 最近橋立くん人気ないの」
「知ってる知ってる。なんか勢いのある新人すごいよね。
あんまりテレビで観ないもん。前はあんなに出てたのに」
「っ、」
立ち去ろうとした足が、止まった。
「実際見るとこんなにカッコいいのになぁ。やっぱ芸能界って厳しいんだね」
「鮮度が重要なんだろ? あいつ子どものころからやってたし、もう落ちたんだって」
「そんなことないでしょ!私まだファンだもん」
「でも世間的には古いんじゃない? 私は最近デビューした人好きなんだよね。ほら、この前CMに出てたーー」
ザワザワ喋る野次馬の塊。
あちらこちらで聞こえる、彼への評価。
(ぇ…知らなかったんだ、けど……)
いま橋立 宙斗の人気落ちてるの? 最近っていつから?
俺へ依頼の前? 後?
担当者は なんと言ってた。
『事務所全体で推してる』って、相当だと思ったじゃないか。
本人も、『売れるなら何でもいい』ってーー
「………っ」
こんなに話してたら、絶対彼にも聞こえてるはず。
それなのに、少しも姿勢を崩さない真っ直ぐな瞳は どこまでも澄んでいて、純粋で。
思わずこっちが泣いてしまいそうになるそれに、必死に集団を抜け廊下を走った。
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