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『でさ、結局そいつのおかげで撮影押して帰りも遅くなったわけ。まじでクソじゃない? こっちはお前みたいな役者ニートと違ってちゃんと学生してんだよ。ちったぁ考えろ身分を。腹立つわほんと』 「は、はぁ……」 『というかそれ今日だけじゃくて。この前もさーー』 止まらない愚痴。延々と聞こえる声。 相槌がいるのかというほど間髪入れず語ってくるそれに、苦笑してしまう。 最近ずっとこれ。いや確かに守秘義務は守るから漏れはしないんだけど。 次の通話で終わらせようと思ってたらまた次ができて、次ができて次ができて…って感じで続いてしまって。 気づけば、もう担当者越しじゃなくふたりで予定を取ってしまってる(担当者は「橋立くんとKluくんが友だちになるなんて!」と泣いて喜んでた)。 いやびっくりだ本当なんでこんなに続くんだ。 顔が見えないから話しやすい? それともこれが運命だから? こっわ運命こっわ。橋立さんもよくこんな口動くよな。もう早口系の歌にする?? ラップとか、俺作ったことないからやってみようかな。この際そっちに寄せたほうがいいものできそう。その鬱憤全部吐き出す感じの歌詞にしてさ、激しめの音楽で。 ……って、イメージ壊れすぎるからどうせできないんだろうけど… 『Kluさん曲どう? もう聴けそう?』 「んんーまだ…もうちょっと、かな……」 『ふーんそうなんだ。 何気に楽しみにしてるから、できたら教えて』 「はいはい」 俺もだんだん砕けてきた。 クライアント相手にこうなることないから変な感じ。 はじめは警戒していたが、正体がまったくバレることがなくもう気が抜けてしまってる。 (あーぁ、マジ曲どうするよー……) なんにも浮かばない。こんなに話してるのに何も。 今回の相手は自分の運命の奴。心情よりそっちが先にきてしまって、どうも没頭できない。 いつもなら半分くらい出来上がってるころなんだけどなぁ、ちっとも進まん。どうすべきか…… この際橋立さんに作ってもらってみる? 「試しに書いてみてよ」って。案外いいもんできるんじゃね? けどそれすると俺に頼まれてる意味がーー 『てかさ、Kluさんて芸能業界いたことある?』 「っ、え……なん、で?」 『なんかいつも愚痴のアドバイス的確だよなと思って。 この前も教えてもらったケータリング頼んでみたけど、メイクさんとかがすごい喜んでた。僕もそこまたリピしようと思ったんだけど、なんであんなの知ってるの?』 「前に…通話したクライアントが、知ってて」 『へー記憶力いいんだ。作曲家だしな、いやそれ関係ない? まぁいいや、そういうの知ってたらまた教えてよ。現場の雰囲気まじ変わるから』 知ってる。 役者からの気遣いひとつで現場の雰囲気が変わるのは、本当に。 (俺も、そういうのよく…してたから……) でもあれは、もうずっと前のこと。 思い出したくもない、遠い遠い昔の日々のことでーー 『ーluさん。Kluさん。おーいKluさーん』 「ぁ、はい」 『いきなり無言になるなよ。なんか話して』 いつだって強気で、世界は自分を中心に回ってるといっても過言ではない態度。 橋立 宙斗は、正に芸能界を生きるうえでの人間性を兼ね備えてると思う。 ーー俺にも、そんなのがあったなら…違ってただろうか…… 今も心にある苦い部分が、滲み出てきて 思いっきり蓋をするよう頭を振り、また口を開いた。

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