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『………』 「………」 『…えっと、自己紹介からでいいですか』 「……はい」 橋立 宙斗。 知らない人はいないくらい有名な人物。 年少の頃から子役として活躍し、その人気は衰えることを知らない。 同業者からの信頼も厚く、本人の実力も長けたもの。 そんな 彼はーー (俺の運命の人なんですよねー!) いやぁここで繋がるんだすごいね本当に!びっくりだよ! 名前が出た瞬間断ろうと思った。 でも余程のことがない限り断らないKluが、ここまで依頼を聞いて断るのはおかしい。それが原因でこの事務所との関係がなくなるのは困る。 しかも今回の依頼は、事務所全体で力を入れてること。間違いなく世間に注目されるし成功すればKluの名ももっと知られる。 自分にやれるかわからないが、やってみたい案件。 だ…が…… 『橋立 宙斗、本名です』 (知ってます) 『芸歴12年。いま17歳で、高校に行ってます』 (はい、俺も同じとこ通ってる) 『今日は何もなかったので普通に登校して、帰ってから繋いでます。音声とか聴きづらくないですか? ここ寮なんで集団でネット使ってるし、もしかしたら電波悪いかも』 (あぁーそうなんだ寮いるの今!それ多分同じ階だね!? まずいな音漏れ大丈夫だっけ。気にしたことなかったけど、今まで何も言われてないから多分へいきーー) 『…あの、Kluさんも喋ってもらっていいですか』 「っ、はぃ」 少しイラついた声。 当たり前だ、だって俺が呼んだんだもん。 その人に沿った曲を作る。それが俺のやり方。 俺が作りたいものを作るんじゃなく、歌う側がなにを思いながら歌うのかを大事にする。人柄・性格・口調・雰囲気…口下手ながら話をさせてもらい、そういうのをヘッドホン越しで感じて曲を作りあげていく。 このやり方をもう向こうの担当は知ってるから、『打ち合わせ日はこの日でいい?』と前もって準備してくれてた。 ありがたい。早く曲作りができるしそういうのは流石何度も取引したところなだけある。 ーーけど、今回ほど「打ち合わせいりません」と言いたかったことはない。 無言になった通話にゴクリと唾を飲みながら、なんとか腹を括った。 「声…聴きやすいんで安心してください。 Kluです、よろしくお願いします。俺のこと知ってますか」 『知ってます。曲はほぼほぼ聴いたと思います』 「ありがとうございます。 既に担当の方から話聞いてますが、橋立さんのこと教えてください」 『…俺のこと、どこまで知ってますか?』 「……一般常識程度で…」 嘘です。 本当はめちゃくちゃ知ってます。 冷や汗に顔が歪みながら、指をキーボードへ滑らせメモを取る準備をする。 『………』 「……? 橋立、さん…?」 『……〝僕〟、正直売れるんならなんの曲でもいいです』 「ぼ、」 『歌詞とか興味ないし、というか音楽自体興味ないんで。 なのでKluさんの好きに作ったほうが絶対いいのできると思います。僕はどんなのでもいいんで』 「……え、っと…」 待て待て待て。 いや俺が求めてたのは確かにそういう普段見えないとことかだけど、ちょっと。 (一人称〝僕〟なんですね!?) しかも辛辣!全然印象違くないですか!? え、これが素!? どこに出しても失敗はないと言われる橋立宙斗の本性こんななの!? 『要は芝居と一緒ってことですよね、歌うって』 「ーーは」 溜め息混じりに聞こえてきた、声。 『ステージに立つ。客席には観客がいる。 歌詞と違うことを思っていても、歌いはじめれば自然とその感情になっていく。 舞台と一緒だ。感情移入は準備すればできる、本番はそれを演じるだけ。 僕はこの業界長いんでどんな役でもできます。なので、なに作ってくれてもいいです。完璧にやりきるから』 揺るぎない自信、確かな実力。 それらが、彼に力を与えている。 ーーでも、 「…橋立さん」 『はい』 「芝居と歌って、なにが違うかわかりますか」 『ステージに立ってる時間と人数・覚える文字の数、あとは準備の期間にーー』 「そういうのじゃなくてもっと本質的なところ。 思い当たりますか」 『……いいえ、浮かびません』 「なら次回の宿題にするんで考えてきてください」 『っ、はぁ!? 次回って、この打ち合わせは1回だけだって担当者が』 「このあと別の打ち合わせ入ってましたすいません。 今日はこれで失礼します」 『え、ちょっと待っ、おiーー』 一方的に通話を切り、ヘッドホンを投げ捨てる。 「っ、はーーー………」 やった。やってしまった、こりゃやったりましたわ本当に。 自分のこの行動に信じられない。俺案外強いんじゃん。やればできる子なのでは? (いやでも、もっかい話をすることに……) いくら決められた相手といっても、すぐすぐバレることはないだろう。というか会ってもないし声だけだし。 けど注意は必要だ。いつこの城が壊されるかわからん。 現に今年の薔薇とその運命の奴らの動きは活発だ。 俺の相手も案外近くにいるし、その気になればいつでも会える。 こっわ、ホラーじゃんかほんとに。 けど、あの発言だけは どうしても……… 「……仕方ない。もっかい担当者に予定組んでもらうか」 自分からまいた種。ちゃんと回収し花を咲かせねばKluの名折れ。 それに、これを片付けないと次の依頼にも手をつけられない。 基本的にその期間にひとつの依頼だけをこなす性分。 マルチタスクは合わなくて、ひとつにがっつり集中するスタイルでここまできた。 だからこの件、頑張らないと……… はぁぁ…と椅子の背もたれに吸い込まれそうな気持ちを叩き起こし、担当者へ架けるべく電話番号を探した。

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