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暗い暗い、暗幕の裏側。 外からはたくさんの歓声と楽しそうな手拍子が聞こえてくる。 (……いや、絶対ここ以外でもよかったな!?) 橋立さんが初めて自身のことを話してくれた日。 思わず、『文化祭!登校しますか』と聞いた。 そしたら『する』って言うから、なら…… 『体育館で軽音部とかがやるライブステージ、見に来てください』 『は……え? なに、どういうこt』 『じゃあ失礼します』 『ちょっ!Kluさん!? 待っーー』 (ってね、言ってしまったんだこれがー!) 勢いって怖いな、なんであんなこと言った!? 俺こんなに人目避けてるのにステージ立てるのか!? しかも青春謳歌してるリア充勢の前。完全に敵地じゃん詰みだ詰み。 (しかも自分の曲、自分で歌ったこと…ない……) ……いやぁまずいですねこれは、非常にまずい。 こんな盛り上がってるのに一気に冷めたらどうしよう。ってかそうなる確率120%? いやもっと?? そうなれば、もしかして橋立さんに伝えたいことも伝わらないんじゃ。 あぁぁ嫌だ、やっぱりやり直したi 「あ、次出番の子いた」 「ヒッ」 覗いてきたのは、〝裏方〟という腕章を付けた3年生。 「そろそろだから袖待機しといて……って、あれ、お前」 「っ、は、はぃぃ」 「へぇ、動く気になったんだ」 「は、」 バッ!と顔を上げると、最近指輪を返したドット柄の薔薇。 「ぁ、え……っと、あの…」 ど、どうしよう、薔薇となんて話したことない。 というか友だち1人いないのに面と向かって会話なんて、無理ーー 「いいじゃん、頑張れよ」 「………へ」 「あのさ、運命の形ってひとつじゃないんだってさ」 「っ、」 「だからあんま気負わなくても成るようになんじゃない? 俺も収まるとこ収まったし、お前もなんとかなるよ」 「じゃ、そこで待ってて」と去っていく背中。 (成るように、なる……) 確かに、そうなのかもしれない。 今回ドット柄は恋人以外の結ばれ方をしたんだっけ。だからそんなこと言ってくれるのかな。 (俺は、橋立さんとどうなりたいんだろう) …正直、そこの答えはまだ出ていない。 でも、それは結果であって橋立さんの想いも聞いて一緒に考えていく部分だと思うから。 だから、まずは過程を。 ーー出会うところから、始めなければ。 「はい次、ステージに上がってください」 前のグループがはけていき、進行係がこちらを見る。 それに思いっきり息を吐いて、吸って。 「………っ!」 大きく、踏み出した。 *** (ひ…ぇ……) 思った以上に多い観客。 何処を見ても人・人・人でステージ上まで熱気が伝わる。 芸能界引退以来、初のステージ。 たくさんの視線に、ヒクリと縮こまった。 「あれ、次ひとり?」 「みたいだね、弾き語り的な? 歌えるのあいつ?」 「めっちゃ背高そうなのにめっちゃ猫背じゃん、ウケる」 「緊張してるのかな?」 「おーい、大丈夫かー!代わりに歌ってやろうか〜?」 「ていうかさ、誰? あれ」 (ーーあ、) ザワザワし出した中から聞こえた、言葉。 そっか。いま自分のこと知ってる人、いないんだ。 注目されてるのは一緒だけど、ここは芸能界とは違う。 誰も俺のことを知らない。俺がどんな人間なのかを知らない。 ……なら、逆に息しやすいんじゃない? (ぁ、ほんとだ、息吸える) 上がっていた鼓動も落ち着いてきて、下を向いた視界にギターの弦が見えた。 前を見ることはまだできない。 でも、この中に多分 橋立さんがいる。 誰と文化祭回ってたんだろう、隣に誰がいるんだろう。誰でもいいけど。 (どうか、今) 今、この瞬間だけは 俺に、橋立宙斗をくれてほしい。 シャンと奏でるのは、アコースティックギター。 1番透明感のある音が出るのを選んだ。 最もボーカルの声を邪魔せず、繊細な曲を作るときに使っているやつ。 自分は酷く口下手なので一度しか言わないだろうから、よく聞こえるように、よく声が透るように。 ーーあのね、 「僕らは 名前だけの〝初めまして〟を したらしい」 びっくりした、話聞いて。 俺がきっかけで芸能界入ったなんて知らなかった。 しかももう少しで共演できてたの? すごい。 けど、あの頃は自分に精一杯だったから例え挨拶されても流してたと思う。 俺が橋立さんを知ったのはこの学園来てからだったけど、橋立さんはそれよりずっと前から見つけてくれていて、追ってくれていて。 それに、なんていうか 「撫でられるように 救われました」 頑張ってた幼い自分の頭を、撫でてくれたような感覚に陥った。 話は逸れたけど、この歌は俺じゃなく橋立さんのことを伝えたい。 あのさ、 「君には 無限の可能性があると思う」 『まだ見ぬ何かを探して』とかって言ってたけど、そんなの必要ない。 だってなんでもできるでしょう? 橋立さんは器用だ。学園に来て調べまくったけど、苦手は無くなんでも卒なくこなしてた。 歌だってきっと上手いんだろう。人当たりもいいし、何処へ出しても安心とお墨付き。 なんでもできるんだから、なんでもやればいい。 けどそれがこうなってるのは、多分内側…心のほうの問題。 『僕、なんでアイツが辞めたか分かるんだよね』 (そうなんだよな、辛いんだよなほんと) でも、それでも必死に喰らい付いていたのは 〝カケル〟という目標がいなくなっても、続けていたのは 「誰よりもずっと 厳しい人だから」 自分にも他人にも妥協を許さない、綺麗な人だったから。 だから、折れるのが嫌だったんだろう。 すごいよ。俺にはできなかったことだ。 それなのに、『カケルのいない場所で頑張ってるのが矛盾』? いやいや違うだろ。 「此処は 君だけのためのステージだ」 橋立さんが主役。 俺にできなかったことができてるんだから、俺なんてもうとっくの昔に抜かれてる。 そこで疲れたら、寄りかかっていいよ。 倒れそうなら腕を引いてあげる。 休むんなら、休みたいだけ休めばいい。 そうやって、 「どうか まっすぐに伸びたその背に 透明な手を添えることが 間に合うように」 煌びやかな芸能界。 得るものが大きい分、抱える負担も大きい。 問題ない。俺は酸いも甘いも知ってるし多少のアドバイスはできる。 それに、橋立さんの愚痴聞くの 嫌いじゃなかったよ。 (面白いな) あんなに自分の城から出たくなかったのに自ら飛び出す日が来るなんて。 でも、別に嫌じゃない。 というか自分がきっかけで入ってるんだから、自分が責任持たないでどうする。 これが運命ってやつなのか、流石に怖すぎ。 ……届く、だろうか。 この体育館いっぱいに溢れる人の中にいる、たった1人に。 『来て』とだけ言われて、一体どの組のライブを見ればいいのかわからなかった君に。 薔薇(俺)を見つけて、もらえるだろうかーー シャンと最後の一音を弾き終わり、シィ…ンと鎮まった空間。 始まるときとは打って変わって静か。でも、それが心地よくてふと顔を上げる。 「ーーーーっ、」 瞬間、一気に巻き起こった歓声と共に 探していた顔が、目にいっぱいの涙を溜めながら必死にこちらを見ているのが 分かった。

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