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「………」 「………」 あの後 いっぱいの『アンコール!』の声をなんとか振り切り、ギターケース背負って走ってるとグイッと引っ張られ、そのまま見知った身長の後をついて行って。 (……橋立さん、すごい顔してる) 赤くなった目元のままこちらを凝視し、何か喋ろうと口を開け、閉じ、また開けて閉じ。 まるで金魚が口パクパクしてるみたい。 いやでも、そうか。 ・カケル、この学園いるじゃん ・Kluもこの学園いるじゃん ・ってことはこれまでの打ち合わせ全部ここでしてたの? ・しかもカケルとKlu同一人物? ・ということは愚痴全部カケルが聞いてた? ・ってかカケル歌作れるんだ ・え、いや待ってカケルが虹薔薇? ってことは必然的にKluも虹薔薇?? ・僕が探してたのってカケルだったの? ・待ってどういうこと?? 俺はたまたま順序よく知れたけど、橋立さんはこれを一気に知ったのか。そりゃそうなるよなぁ。 とりあえず、 「一発、殴っときます?」 「え!? あ、ぃやその、あれは……っ」 ぶわぁっと赤くなりながら、ワタワタ両手を動かす姿。 橋立さんって素だとこんななんだ。通話越しだったから見えなかったけど、結構表情柔らかい。 「…あの、」 「?」 「分かりました。芝居と歌の違い」 そう言えば初めて話したとき、そんなこと言ってたっけ。 「歌って芝居より短いし歌詞も文字数ないから、それでどれだけ心に響かせられるかが重要ですね」 「ですね、短い芝居もあるけど歌は大体3〜5分くらいで終わるのがデフォなんで、その中に言いたいこと全部詰め込む感じです。おっしゃる通り歌詞もそんな文字数使わないんで、どんな言葉選ぶのが自分の想い伝えやすいかなって辞書引いたり、あ、ラップは逆に文字数いるんでまた別ですけど、韻とか他にルールあるんで。それから、歌はカラオケがあるんで、真似して歌ってくれるといいなぁとかも考えたりーー」 「ふふっ」 「?」 「カケルさん、ほんとに歌好きなんだね」 「ーーっ、」 〝カケルさん〟 うぉぉ、なんか今すごいキタぞ。 ギュンってなった心臓が。 生橋立さん威力やば、すーごいこれが現役芸能人ってやつか。眩しいな。 ってか俺、普通に話せてる。運命の相手だから? え、運命すごくない?? まじで怖いんだけど。 このヲタク気質な早口喋りにも余裕で対応してくれる橋立さんやば、えぐいな?? 「……ぁの、橋立さん、ほんとに仕事辞めるんですか?」 「辞めてほしいですか?」 「えっ、いやその……俺が言うのもなんですけど勿体無いなぁって」 「じゃあ続けます」 「ちょ、ちょちょ決断力!いいんですかそれで!」 「だって支えてくれるんでしょ? カケルさんが」 「っ、や、まぁその、できる限り…ですけど……」 「いやいや最強だから。僕にとってはラッキーすぎて棚ぼたみたいな感じですね」 「えっ」 「カケルさんは、もう芸能界戻らない?」 「……そうですね、もう無いかと」 「そっか……まぁ、いっか」 「?」 ズイッと下から見上げてくる橋立さん。 「だって僕がカケルさんを独占できるんだし、いいかなって」 「っ、っ、っ、」 はあーーーなんだそれ?? わざとやってますかその顔は?? さっきまでの慌てた橋立さん何処行ったの? もう思考追いついたの? 早くない?? 「ね、Kluさんも独占できたりする?」 「それは…どうですかね……俺としても橋立さんに協力したいんですが、いかんせん今入ってる依頼のほうは受けなきゃなのでーー」 「じゃあそれ受けてる間に僕が歌でも売れたら、いい?」 「……へ?」 「僕の薔薇が作ってる曲なんだから、僕が全部歌いたいじゃん。こだわりあるなら別だけど…でもそれに合わせれるよう努力するし。 もう知ってると思うけど僕目標見つけたらすごい突っ走る性格だから、俳優業も続けて歌手でも売れるよう頑張ってみようかな」 「そ、れ…すごい、大変なんじゃ……ストレスも倍かかるし…」 「大変じゃない。 カケルさんが一緒にいてくれるなら全然。 寧ろ、ストレスフリーかも」 「えぇ………」 そこまでの存在ではないです俺。 もう全然、今じゃ根暗モヤシみたいな奴で。 「…ねぇ、カケルさん。 カケルさんは多分、絶対知らないでしょ」 「へ?」 「僕が今、どれだけ幸福な人間か」 ずっと、貴方に憧れてきた。 画面越しで見つけて、貴方みたいになりたくてずっとずっと突っ走って。 貴方が消えてしまったって、ひたすらその背だけを追いかけてきた。 そんな貴方が、今 目の前にいる。 ーーしかも、自分の運命として。 「こんな奇跡、ほかにあるっ?」 「っ、」 「今でも夢みたいで、まだ夢見てるんじゃないかって思って、でも夢じゃなくて。 さっきの歌もすごくて、あれは僕のための歌なんだなと思ったらとかすごい泣けてきて。全部伝わってきて。 …なんか僕、ここまでやってきて本当よかったなって、思って……っ」 そう、か。 (そうだよ、さっき自分で歌ったじゃん。 『僕らは名前だけの〝初めまして〟をしたらしい』って) 俺は高校生なってから知ったけど、橋立さんはもうずっと昔…デビュー前の幼い頃から知ってくれていたんだ。 それからずっと忘れないでいてくれて。 俺のこと、追いかけてきてくれて。 「ーーっ! あの、俺は橋立さんの隣でも後ろでも、何処でだって支えます。 もうひとりで悩まないようにちゃんと話聞くし、愚痴だって付き合うし、息抜きだってさせてあげたいし。 そういう、なんというかその…パートナー的存在になれたらいいなって…思ってるんです、けど……」 「…それは仕事の? それともプライベートの?」 「……どっちがいいですかね…」 「………はぁぁ…… とりあえず、先ずは仕事本調子に戻しますね」 「え、」 「僕もやる気出てきたんで。いい加減ちゃんと自分の立ち位置固めときたいし、Kluさんの歌早く歌いたいし。 関係性は後々考えればよくないですか?」 「ぁ、はい、そうですnーー」 「でもまぁ、僕としては〝どっちも〟になってもらいたいですけど」 「………?」 「〝どっちか〟じゃなく〝どっちも〟。 今からその気にさせるんで覚悟しといてください。 とりあえずは手っ取り早くまた人気になりますね」 「えっ、待って、俺はどっちかで十分ーー」 「僕が十分じゃないんで。 僕のこれまでの想い、軽く見ないでくださいね」 (そ、そんな……) なんだ、俺への想いって尊敬と一緒に別のやつも入ってたのか。 ぐぬぬ、可愛いと思ってたのにかっこいいじゃないか。 この橋立宙斗とかいう男、あなどれんぞ。 「九頭架さん。 貴方が僕の薔薇だと思うんで、一緒に指輪返しにいきましょう」 「は、い。合ってるんでそうします」 「…っ、ふふ、高校生のカケルさん顔かっこいいのに弱気で素直なんですね」 「いやいやこっちの台詞!? 橋立さんも大分ギャップありますよ!? あと俺はかっこよくありません」 「何言ってんですか、芸能界いたし顔は整ってるほうでしょ。そのボサボサ髪整えたら楽勝でTV出れますね。 僕のこれはわざとだったりするんで。 というか、敬語やめません? 同い年だし」 「そう、ですね…うーん、もうクセになってるかも…これもなかなか難しい…… 橋立さんは通話してたときみたいにタメ口でいいです」 「うぅん…僕も実は正体分かってのタメ口は結構難しくて……まぁ追々、なんとかしていきましょ。 僕が依頼した曲どうなってます?」 「できてます、15曲くらい」 「15!? 張り切りましたね」 「張り切りすぎてぶわぁっと歌詞側浮かんじゃって。 なのでちゃちゃっと世間に何曲か発表してアルバム出しましょう。多分問題なく売れます」 「うわすごい。僕もう何でもできそう」 「〝できそう〟じゃなくて〝できます〟。 橋立さんなんだから」 「ーーっ!」 「とりあえず来年の紅白、狙ってみます?」 「……ははっ、カケルさんが 出てほしいならっ」 ぽんぽん続く会話。 口下手な俺がこんなに気兼ねなく話せる相手なんて、多分この世に1人だけなんだろう。 そんな彼の、ほんの少しの心の支えにでも なれたら。 (…すごい。言葉が どんどん浮かぶな) 近いうち、Kluは橋立宙斗専属になるだろう。 嫉妬は恐らくない。これ以上ないほどマッチした歌声と曲だろうから。 きっと世間は俺たちを手放せない。誰かのプレイリストでずっとずっと輝けるはずだ。 そして橋立さんは、俳優業のほうでもーー 「………」 もう劣等感で嫉妬することはないだろうけど、もし別の意味で嫉妬する日が来たとすれば、それは橋立さんの思惑通りになるかもしれない。 強気で、可愛くて、厳しくて、かっこよくて。 あざといのは多分俺しか知らない。そんな橋立さんを、愛す日が もし来たとしたら (………っ、) その時は 腹括って 精一杯の愛の歌でも、書くとしますか。 (虹色が返ってきたか。 芸能人同士らしい華々しい伝え方じゃったな。 さて、薔薇を手に入れた運命の者は強いぞ? ふたりが世間を騒がす様を、悠々と見ていようかの) (次は、何色かな?) *** [虹薔薇の花言葉] 無限の可能性 2人のやりとりや歌詞考えるの楽しかったです。 次回もお楽しみに。

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