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「……ぁの、アーヴィング」 「なにか?」 「えぇっ、と……」 最近、アーヴィングが冷たい。 心ここにあらずというか、前はワハハと笑っていたのに今は全然。 最後にそんな姿見たのはいつだった?ってくらいに固い顔をしてる。 (何か、あったのかな) ラーゲル様も心なしか厳しい顔をしている。 もしかしたら僕の知らないところで何か起こってるのかも……けど、生憎僕は蚊帳の外で。 「用が無ければこれで。また後で迎えに参りますので」 「ぁ、うん」 勉強部屋まで送ってくれ、訓練場へ戻る長身を見送る。 (僕だって少しはみんなの力になりたいのに……) 守られるばかりじゃなく僕も守る側になりたい。 けど、なかなか現実は上手くいかない。 「さて、本日もよろしくお願いしますロカ様」 「はい。お願いします」 とりあえずは今目の前にあることをやろうと、教科書を開いた。 (なんか、ひとりなの久しぶりかも) 予定より早く勉強が終わり、自分の部屋までゆっくり歩いていく。 「アーヴィングが来るまでお待ちください」と言われたけど、別にこれくらいの距離大丈夫だし。 久々にひとりの時間。なんか、やっと深呼吸できた感覚。 (ラーゲル様とアーヴィングの件、多分パドル様のことなんじゃないかな……もしあの子も関わってるなら、僕も少しは力になれるんじゃないかな) 同じΩとして。 そして、日々感じる不思議な違和感について。 まだピースはハマりきってないから答えは出てないけど、思い切って違和感ごと全部ラーゲル様に伝えてもいいんじゃいかな。 伝えた方が、あの子の為にもなる……? (って、僕あの子のこと助けたいの? 僕にとっては天敵なのに) あーもう…自分が何考えてるのかわかんなくなってきた。 はぁぁ……と溜め息を吐き、床を見ていた視線を前に向けて 「っ、ぁ」 「ぇ?」 目の前に、あの子の姿を見つけた。 (ぇ……どうして、此処に) この場所はラーゲル様の…陛下のお膝元。 一般の人たちでもなかなか入れないところだ。 なのに、どうして歩いてるの? 誰かに…何か用……? 一気に緊張し身体が固まる。 こんな時にアーヴィングを待たず来てしまったことを今更後悔。けど、 (……なんか、焦ってる?) 僕を見るなりオロオロ周りを見渡して顔色を変えてる。 もしかして道に迷って偶然来ちゃったとか? 誰かに知らせた方がいいんだろうけど、不思議とその場から動けない。 …話には聞いてたけど、随分久しぶりに見た気がする。 初めて会ったのは馬車の中。 お互い緊張してて一言も話せずに此処へ来て、それからあの奇跡の瞬間が訪れてーー (あの時は、隣に並んでたのにな) いつの間にかこんなにも間に溝ができてしまった。 向こうは僕の名前を知ってるのかな? 確か自己紹介すらしてない。 僕だってアーヴィングから名前聞いたし…… じぃ…っと見つめ合ってると、不意にその子がにこりと笑い静かに頭を下げる。 そのまま、立ち去ろうとしてーー 「待って! 僕の地位を狙ってるって…本当……?」 「っ」 ハッと驚いたように目の前の顔が上がった。 聞きたいことはいっぱいある。 けどやっぱり真っ先に気になるのは、このことで。 (ねぇ、どうなの?) パドル様と手を組んでるの? ラーゲル様は僕の運命の番なのに。同じΩならきっとそれがどんなに奇跡的なことか分かるはずなのに。 なのに、どうして? 僕を王妃の座から引きずり落としたい? ーー僕には…王妃なんて、似合わない……? (あぁ、嫌だ) じわりと潤んできた視界に、眉間に力を入れながらグッと前を見つめる。 泣きたくない。負けなくない。 僕は、あの人の隣に絶対立つんだーー 「ねぇ、王妃様。 セグラドルは、これからどのような国になっていくでしょうか」 「ぇ……?」 いきなり質問を質問で返され、しかも思いもよらないものに目をぱちくりさせる。 (これからどのような国に? セグラドルが??) 一体、どんな意図でこの質問をしてるのか…… 分からなくてその子を見るけど、ただ優しく笑って回答を待つのみ。 そのまま暫く無言で見つめ合い、口を開いた。 「僕は、人々が心から安心できるような……そんな温かな国にしたい、です」 本当に、戦争が絶えなかった。 今の国王になってから更に争いが増え、民は日々命の危機に晒されていて。 僕の出身地は小さな村で、町とは離れている分何かあった時助けが来るのに時間がかかった。 だからより強く、平和が来るようにと願ってしまう。 そんなこの国にようやく現れたΩ。 待ち焦がれていた分、人々からの期待は大きい。 「でも、僕は必死にやれることをやっていきたい。 陛下を支え世継ぎも産んで、この国が平和が訪れるように……セグラドルにも、運命の番にも尽くしていきたい。 い、今はまだ未熟で、勉強だって君の方ができるのも知ってる…けどっ!」 「いいえ、王妃様」 まだまだ言い足りない僕を、やんわりと停止させる。 そして、 「セグラドルは……きっと、いい国になりますね」 「っ」 ふわりと 泣きそうに声を震わせながら、嬉しそうに微笑んだ。 (ーーなん、で) なんで、君がそんな顔をするの。 王妃の座は、狙ってないの? 〝いい国になる〟なんて、僕に託すような言い方して…いいの……? 「どうか、どうかよろしくお願いします」 「……ぇ」 もう一度深く頭を下げられ、呆然とする。 どうしてこの子は頭を下げるの。 なんに対して、こんなに一生懸命なの。 国のため? それとも、他になにかある? 一体、なぜーー 「王妃様!」 大きな声を共に、長身が割り込んできた。 「アー、ヴィング? なんで」 「ご無事ですか?」 「うん、大丈夫だけど……」 誰かが勉強が早く終わったことを知らせたんだろう。 焦ったような表情が安堵で和らぎ、また厳しい顔つきに変わった。 「ーーリシェ」 鋭く呼ばれ、ビクリとその子が顔を上げる。 「訓練場には来るなと言ったな。その時間こんなところを歩いてたのか?」 「ち、が……ぼうっとしてて、たまたま」 「そんなものが通用すると思っているのか!?」 「っ、」 (ぇ……) 初めて聞く、こんなにも怒ったアーヴィングの声。 残酷なまでに冷淡な眼差しで、その子をひたすらに責めている。 これはそんなに怒る場面? 「ぼうっとしててたまたま」って言ってるじゃん。絶対に嘘ついてる表情じゃない。アーヴィングだって分かってるでしょ? なのに、なんで…… 怒りをぶつけられ、段々と顔色が悪くなっていくその子。 ーーでも、絶対に視線だけはアーヴィングから外さなくて。 (どうして、目をそらないの……?) はぁぁ…と大きな溜め息を吐き、長身がようやくこちらを向いた。 「王妃様、部屋までお送りします」 「ぇ、僕はまだ」 (このままじゃ、駄目だ) 直感がそう伝えてくる。 このままにしてたら〝何か〟が駄目だ。 〝何か〟が、終わってしまう。 聞きたいことがたくさんあるのに、本能的にくるその想いに全て何処かへ追いやられてしまう。 その子をこのままにしてたら駄目だ。 アーヴィングをこのままにしてたら駄目だ。 嫌な焦りと、不安。 ジクリと胸の奥が痛んで、急かされるように心臓が煩くなる。 「この者は危険です。話などされぬように」 「でも!」 「リシェ」 「……は、ぃ」 「君には、失望したよ」 「ーーーーっ、」 (………………ぁ) カチリと、頭の中で音がした。 苦しい環境の中、何故か逃げずに城へ居続けるその子。 休み時間はいつも訓練場に通い、アーヴィングと話をしている。 (待っ、て) 『いつも下ばかり向いてるんです。 ようやく現れたΩということもあり、やはり色々と大変でしょうか』 ようやく現れた ーー〝Ω〟 (待って、待っ) 〝運命の番〟は、おとぎ話の中の出来事。 けど実際、奇跡に近い確率で出会うことができる。 僕は出会うことができた。 それは、 (〝匂い〟が、教えてくれた…から………) ゆっくりと……顔が〝彼〟の方へ向く。 彼は 〝α〟のアーヴィングは ーーーー〝匂い〟が、分からない。 「ーーぁ、やっぱり待って、ねぇお願い!待って!!」 (もし、そうだとしたら) もしも、いや絶対。 きっとそうだ。それしかもう考えられない。 その子が…リシェが、こんなになるまで懸命にこの城へしがみついているのは。 勉強の合間いつもいつも訓練場を訪ねているのは。 こんなに敵意を向けられているのに、それでも視線を外さないのは。 全部、アーヴィングのーー 「聞く耳を持ちません。 このままでは陛下に怒られてしまいますよ。ほら早く」 「や……!」 今は陛下は関係ない。 あの子が。呆然としてるあの子の背を、撫でてあげなければ。 必死に抵抗するけど細腕じゃ到底兵士に敵わず、引きずられるよう無理やり歩かされる。 正直ここまで頑固なアーヴィングも初めて見た。 多分あの子を意識してのこと。そして、恐らくそれを自分で気づいてない様子。 なんとかしなければ。 (ぁ……) 振り返った先。 僕たちを見送る目から、ボロリと大粒の涙が溢れた。 それを隠すよう、唇を噛みしめながらグッと下を向くのが見える。 (駄目だ、) このままじゃ、駄目だ。 そんなのは無い。 そんな悲しいのは、絶対……! 「アーヴィング、ラーゲル様の所に送って」 「……は?」 「部屋じゃなくて陛下の元に送れって言ってるの!!」 さっきの出来事を思い出してか、ぼうっとしている長身を大声で急かす。 あんなに躊躇っていたのに、僕なんかが意見してもいいのかなって迷ってたのに。 こんなにも、頭より身体が先に動いていて。 ……正直、まだ負に落ちない疑問はある。 パズルのピースは全てハマりきってない。 (けど、そんなので立ち止まるのはもう止めだ) 誰かの悲しみの上に、幸せを成り立たせてはいけない。 そんなのは、絶対に駄目だ。 『セグラドルは、きっといい国になりますね』 (……っ!) 着いた先、大きな扉。 陛下の予定や今なにしてるのかなんて何一つ関係なしに、 大きく音を立てて、部屋に入った。

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