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「はぁぁ……」 扉の向こうから聞こえてくるのは、パドル様の饒舌な声。 溜め息を吐きながらラーゲル様の部屋から離れた。 今日の勉強が終わって、少し顔を見たくてそっと寄ってみた。 けど、丁度ラーゲル様は取り込み中。しかも〝王妃〟に関してパドル様と。 パドル様が度々訪ねてるのは知ってた。 それを僕が知らないとこでラーゲル様が対応してるのも。 (……情けない、なぁ) 本来なら認めてもらうため自分で動かなきゃいけないのに、全然できてなくて。 ラーゲル様の力を借りてばかり、守られてばかりだ。 後、どれくらい勉強したらいいんだろう。 後どれくらいマナーを覚えたらいいんだろう。 後どれくらい頑張れば、誰にも文句を言われない…みんなに認められるような…… ーーラーゲル様に相応しい人に、なれるんだろう。 「………っ、」 じわっと涙が浮かんできて、慌てて拭う。 下ばかり向いてちゃ駄目だ、心配されてしまう。 そんな時間があるならもっと勉強しなければ。 侍女も、専属の教師も、護衛の兵隊も。 僕の周りの人たちはみんな僕に優しい。 それに甘えてちゃいけない。パドル様のように厳しく考える人たちだって、絶対いる。 そんな人たちにも認めてもらえるように、ならなければ。 (……そう言えば) パタンと自室に戻って扉を閉じ、先日アーヴィングと話したことを思い出す。 あの子……リシェは、とても優しい子なのらしい。 優しくておしとやかで、物腰柔らかくて、奥ゆかしくて。 正に、理想の王妃様にぴったりなそんな子。 今も正しい敬語を使えてるかさえ曖昧な僕なんか、その気になればすぐに抜かれてしまう。 (なのに、全然動いてないんだよなぁ) ラーゲル様の元を訪ねるのはパドル様のみ。 あの子は、暇さえあれば訓練場に通ってる。 ポツリ 「王妃になる気、ないのかな……」 やっぱりΩ同士、番の邪魔はしたくないって気持ちを持ってる? でも、あの子は今もパドル様と共にいる。 もしかして本当に一般教養のみだとか……? (いやいや、それならこんな頻繁に交渉しないって) 少なくとも、パドル様は王妃をあの子にしたいという気がある。 じゃあ、肝心のあの子にはその気がないってこと…だったりして…… 「そんな都合のいいことあるのかなぁ〜も〜〜」 ボフッとベッドに飛びこみ、そのままゴロゴロ転がる。 〝奥ゆかしい〟って聞いたし、もしかしたら心の奥では狙ってるかも。 けど、それならどうして訓練場ばかり? 数少ない休憩時間なんだからもっといろんな場所に行って僕やラーゲル様やこの国のことを調べればいいのに…… (下を向いてる、か) 『リシェもいつも下ばかり向いている。 ようやく現れたΩということもあり、やはり色々と大変でしょうか』 心配そうな顔をしてたアーヴィング。 そんな彼といつも話してる、あの子。 てっきり僕を探るため話してるのかと思ってそれとなく質問してみたけど、返ってきたのは何気ない会話ばかりという回答。 その日あった出来事から互いの出身地の話まで。 今日はこれを褒めていただけたということや訓練の話など様々で、僕の話はまるで無い。 裏表のないアーヴィングだから、恐らく事実。 しかもその彼が気を許してる……ましてや心配してるような様子を見ると、本当に何かに悩んで下を向いているのだろう。 一体何に、悩んでいるのだろうかーー (……もし、) もし、あの子に王妃になる気がなくパドル様に無理やり勉強をさせられてるんだったら、どうして逃げないんだろう? アーヴィングでも周りの侍女でもいい。 ひとこと助けを求めて、この城ではなく他の王族の元に行けば済むことだ。 僕らはΩだから、確実に誰かと番にならなきゃいけない。 しかも十数年ぶりのΩだし、番として迎えたい王族はたくさんいるはず。 なのに、それをせずパドル様の元に…城にずっと留まってる。 ーーそれに、何か意味があるのかな? (僕は、何かを見落としてる…………?) 「ロカ」 「っ、」 ハッと声のする方を見ると、愛しい番の姿。 「入ってきたのにも気づかぬとは、また何か考え事か?」 「いえ、そんな深刻なことじゃなくて……」 「ほう? だがお前の眉間にはシワがよっていたぞ?」 「あ、えぇっと…これは……ひゃっ、」 チュッと眉間に口づけを落とされ、寝転がってた僕の上にガバリと覆い被さってきた。 「先ほどのことなら気にするな。私の番はお前だけだ。 2番も3番も作る気はない」 「ぇ、もしかして気づいて……?」 「愛しい匂いが扉のすぐそこにいて、気付かぬ奴がおるか?」 「っ……?」 〝匂い〟 そういえば、僕は初めて会った時からこの匂いに惹かれた。 番になれば運命関係なくその人の匂いに惹かれるようにはなるが、運命の番は番(つが)う前から惹かれ合う。 (匂い……?) 「……ロカ。ロカ?」 パチリと前を向くと、心配そうな顔の番。 (…まだ、わからない) 何かが引っかかる感覚。 頭の中がぐちゃぐちゃで、ピースが全部ハマってない。 そんな中言ってしまうのは変に混乱させるだけだ。 ちゃんともう少ししっかり考えて、確信を持ってからじゃないとーー 「ラーゲル様。大好きです」 「ふは、私もロカを愛している」 今は、この腕の中でこの香りに包まれて安心したい。 ゆっくり降りてきた顔に擦り寄るように頬を合わせると、すぐに熱い舌が口の中に入ってきた。

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