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「本日はここまでにいたしましょうか」 「はい」 目の前の教師がパタンと本を閉じた。 発情はなかなか治まらず、ほぼ1週間ベッドの上だった。 落ち着いた頃にラーゲル様が「勉強はしたいか?」と声をかけてくれて、僕専属の教師が付くことになって。 (僕が「嫌です」って言ったらさせないつもりだったのかな) ラーゲル様は国王陛下だから、番の僕は必然的に王妃になる。 それなのに、王妃に学が無いなんて国の恥さらしだ。 (分かってるはずなのになぁ……僕の嫌がることを極力させたくないんだろうな) 大事にされてる。とても。 それがむず痒くて、嬉しくて、幸せで。 学ぶのは全然嫌じゃない。寧ろ楽しい。 今まであまり勉強する機会がなかったから、新しいことをどんどん吸収できるのにやりがいを感じる。 専属の教師も優しい人で、僕が知らなくても「恥ずかしがることはないです。これから学びましょう」と言ってくれる。 僕に合わせて、多分基本的なことから教えてくれてるんだと思う。 それが、凄くありがたい。 (けど……) 初日に一緒に来たあの子。 僕が陛下に連れられていった後、あの子はパドル様に連れられていったらしい。 そして、今もこの城でパドル様のもと勉強に励んでいるというのを聞いた。 表向きは貴重なΩの保護と一般教養を身につけるため。 でも、実際はきっと王妃の座を狙っての筈。 (あの子はパドル様と手を組んだのかな) 僕をここから引きずり落とすため、今この時間も勉強しているのだろうかーー 「……っ、あの、僕もっと出来ます! だから、嫌じゃなければもっと勉強の時間を増やしてくれませんか?」 多分、スタートの時点から僕は遅れてる。 知識もマナーも僕よりあの子の方が身につけてた筈。 そんな子が更に勉強してるなんて……僕は、あの子の何倍も勉強しないといけないのに。 じゃないと、この場所を守れないのにーー 「ロカ様、ロカ様落ち着いてください。 焦らずとも大丈夫です。一気に詰め込んでしまうよりも、少しづつ学び確実に定着させたほうが効率的ですよ。 王妃としての自覚をしてらっしゃるのはとても良いことですが、ロカ様は既に多くのことを学んでおります。 王妃への正式な任命までまだ時間もございますので、引き続きこのペースでまいりましょう」 「っ、でも」 「ーー王妃様」 「ぁ……」 扉を見ると、こちらをゆったり眺める長身の騎士。 「アーヴィング、お務めご苦労。 さぁロカ様。迎えが来ましたので今日はここまで。 続きはまた明日にいたしましょう」 「……ぁの、アーヴィング」 「何か?」 自室へ戻る廊下で、ポツリと口を開く。 「僕まだ正式に王妃じゃないから、〝王妃様〟って呼ぶのは違うよ」 「そうですね。ですが、先に王妃様と呼ばせてください。 ただ嬉しいのです」 彼はこの国の兵をまとめる騎士団長で、長年国のために戦ってきたと説明を受けた。 だから、そんな人が漸く現れたΩを「嬉しい」と言ってるのは納得できる。 世継ぎの心配は無くなったし、世継ぎが産まれる分この国を植民地にしようと考える国も少なくなるだろうし。 セグラドルは、僕が現れたことによって安定しつつある。 それが、きっと嬉しいんだと思う。 (でも、僕にそんな重大な役……務まるかな) あの子の方が、卒なくこなせるんじゃないかなーー 「何か悩み事でも?」 「わっ」 下を向いてた視線にヌッと顔が現れる。 「はははっ、驚かれました?」 「お、驚くよそりゃっ!なにするの!」 「いやぁ何やら気難しい顔をされてらっしゃったので、つい」 「もー!」 ケタケタ笑うアーヴィングは楽しそう。 ラーゲル様とあまり変わらない年齢で、鼻の効かないα。 「教師はβでもいいが騎士は強い者でないと意味がない。丁度適任のαがいるからそれをお前の専属騎士としよう」と任命してくださった。 話しやすくて、この城で唯一敬語を使わず会話ができてて。 (ラーゲル様へは、まだ敬語なしは難しいなぁ……) なんていうか、だって凄くキラキラしてるんだもん。 かっこいいし王様って感じで…いや実際王様なんだけど。 「はぁぁ……」 「おや、今度は溜め息ですか」 「悩み事がいっぱいなの。しょうがないけどさぁ」 勉強もマナーもあの子のことも敬語も。 自分で考えて、さっさと前に進まないとーー 「〝リシェ〟もいつも下ばかり向いている。 ようやく現れたΩということもあり、やはり色々と大変でしょうか」 「ーー〝リシェ〟?」 Ω? 色々と大変? (まさか、) 「もう1人のΩの子、知ってるの……?」 「? はい。 彼は勉強の合間によく我々の訓練場へやって来ますよ。さっきも此処へ来るまで話をしていました」 「そうなの!?」 「え、えぇ」 僕は初日以来一度も会ってないのに、こんなに近くに会ってる人がいたなんて! 「ねぇ、その子はどんな子? 僕みたいに下ばかり向いてるってどういうことっ!?」 中々聞けなかったあの子のこと。 ちゃんと知っておきたい。負けないように。 ラーゲル様を…僕の運命の番を、取られてしまわないように…… そのまま、着いた自室にアーヴィングを無理やり引きずり込み、侍女にお茶を用意してもらってひたすら話を聞いた。

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