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王妃任命の、日。
「では、会議を始める」
陛下の声で全員が着席した。
(いよいよだ……)
部屋には、長いテーブルを囲むようにしてラーゲル様や城の人たちが座っている。
アーヴィングたち兵士も壁際に立ち見張っていて。
僕は、テーブルから少し離れた処に椅子を用意してもらいそこに座った。
パドル様とあの子はテーブルの端…僕から1番遠い場所に座っている。
大丈夫、この日のために準備はした。抜かりないはず。
兵士の数もいつもより増やしたし、僕も離れたところに座ってるし。
「ではパドル。サインを」
渡された紙へ即座に名前を書き、自らラーゲル様の元へ持っていく姿。
兵士たちと共にじぃ…っと見つめるが、ゆっくり歩く姿に何らおかしい点は無い。
そっとあの子も確認するけど、特に変化はなく落ち着いてパドル様を見守っている。
(僕らの、思い違い……?)
いや、そんなはずはない。
向こうから言ってきたこの機会。絶対に何かがあるはず。
緊張の高まる中、ラーゲル様の元へ辿り着いたパドル様が書類を提出した
……途端。
「っ、なに!?」
足を引っ掛けて転ぶように、座っているラーゲル様へ襲いかかり身体を拘束した。
(そんなっ!)
その様子に、兵士を始めみんなの視線が一気に集中する。
僕も思わず立ち上がり、パドル様をラーゲル様から引き離そうと一歩踏み出してーー
「ロカ!!」
「………………ぇ、」
ズプリ
「きゃあぁぁ!」「な、何が起こっている!?」
何処からともなく襲いかかってきた、1人の兵士。
深く刺さった剣は、身体に食い込み鮮血を溢れさせる。
それがボタボタと……〝僕〟の顔に、落ちてーー
「ご、無事ですか? おうひ、さま」
「……ぇ、なん…で…………」
「リシェ!貴様ぁ!!王妃を押さえろとあれ程ーー」
「捕えろ!」
アーヴィングではなくラーゲル様の声で兵士が動き、パドル様たちを拘束するのが見える。
(待っ、て)
これは、なに?
何で、あんな遠くに座ってた君が
ーー僕を庇って刺されているの……?
「…………ぁ、」
(まさ、か)
頭が真っ白になる中、最後のハマりきってなかったピースがようやく動き出す。
この子がパドル様の元に居続けたのは。
運命の番と言わず、ずっと我慢してたのは。
この会議に参加したのは。
ーーーー全て、この決定的な〝瞬間〟の…ため……?
「嘘…でしょ……ねぇ!」
刺さった剣が思いの外重いのか、耐えきれずにガクリと倒れ込むのを支えようとして、一緒に倒れ込んでしまう。
(嘘、うそ、うそうそうそ)
こんなの嘘だ。
こんな、この子だけ犠牲になるなんてこと、あっていいわけーー
「無事か!すまない油断した!」
今までにない焦り顔のラーゲル様に手を引かれて、グイッと起こされた。
「ぼ、僕は平気……でもこの子が!」
「まずはお前だ!医務室へ連れて行く」
「ぇ、待っ!!」
ガバリと腕に抱かれ、まるで初めて出会ったときのように走り去られる。
「そんな、ゃだ、ラーゲル様……!」
「話すな、舌を噛む」
「っ、」
僕は無傷だ。
身体に付いてる血は全部あの子のもの。
だから、全然大丈夫で。
「ふ、うぁぁ……!」
僕が優先されるのは、しょうがない。
分かってる、頭では理解できてる。
でも、でもそんなんじゃ…あの子はーー
「〜〜〜っ!!」
グッとラーゲル様の胸元に顔を押し付けながら、止まらない涙をそのままに身体を震わせた。
「国の繁栄を願う彼奴が、まさかΩを殺す計画を立てていたとは……すまぬ、怖い思いをさせたな」
「ラーゲル…さま……」
医務室で素早く診察を終え、再び抱きしめてきた身体に顔を埋める。
「僕を…国を、守るために……あの子は、名乗り出なかったんですよね…?」
「ーーあぁ、そうだな」
国の平和を壊す存在であるパドル様の、決定的瞬間を押さえさせるため。
そのために、あの子はここまでやってきた。
多分…その1番根底にあるのは……
「アー、ヴィングの…ため」
「恐らく」
アーヴィングが嗅覚を失ってでも守り抜いてきた国を、滅ぼさないため。
運命の番の大切なものを、自分も守るため。
(そうか、だからあの時……)
『セグラドルは、これからどのような国になっていくのでしょうか』
「ーーーーっ、!」
初めからずっと、こうするつもりだったんだ。
だから、僕に『よろしくお願いします』と託したんだ。
もうずっと前から、こうすることを決めてたからーー
「…! ぁ……ー!」
「こっ……!〜だ!!」
医務室に、バタバタ大きな音が近づいてくる。
「誰か!!」
ガラッ!と勢いよく扉を開けたのは、長身の騎士。
その腕には、剣が深く刺さったまま真っ赤に染まった綺麗な子。
「っ!急いでこちらに寝かせなさい!」
医師の鋭い声が響き、壊れ物を扱うかのようにゆっくりベッドへ下ろされた。
「リシェ…リシェ、リシェ!
先生、彼は助かりますか!?
リシェは……リシェは………!」
「落ち着きなさい!
君、早急に人を集めて。手術の準備も!!」
その場にいる者たちに指示し、素早く容体を確認していく。
傷口からの出血はまだ止まってない。
顔も土気色で、呼吸の音すら弱々しくて聞こえずらくて。
「ぁ…あ、あぁ……ぁ………」
ガクリと、あの子の血に染まった自分の両手を見ながら、アーヴィングが膝をついた。
これまで数多の戦場を潜り抜け、その功績から国の兵をまとめ騎士団長を務めている、朗らかに笑うあの男がーー
(ぃや、だ)
折角 全部が、終わって。
(やだ、こんな……のは、)
これからやっと、あの子とアーヴィングは結ばれるはずだった、のに。
(こんな悲劇は…こんなに、悲しいのは……)
誰も……望んじゃ、いない。
「血が…血が足りません!誰かこの者の血を知る者は!」
「ーー僕のを使ってください!!」
医師の大きな声に、半ば条件反射で答えた。
「王妃様!? そんな……それは、」
「お願いします!僕らはΩだ、きっと拒否反応なんて起こらない、急いで調べてください!!」
ラーゲル様の腕を振り解き、強引にベッドに横たわる。
不思議な確信がある。
絶対、僕らに流れる血は同じだ。拒否なんてされないはず。
「ロカ」
「お願いします、ラーゲル様」
(お願い)
こんなのは嫌だ。
僕はこの子にまだ何も返せてない。
アーヴィングにも、ずっとずっとあの明るい顔で笑っていて欲しい。
こんな…こんな悲しいままで終わらすなんてことは
絶対やだ……っ。
「ーーっ、王妃に負担がかからないようにしろ!
万が一のことがあってはならぬ!」
「は、はい!」
ギリッと奥歯を噛みしめながら、ラーゲル様の指示が飛んだ。
「この者を、必ず助けよ。
足りぬ物は早く言え、全て整える」
「承知しました!」
バタバタと更に慌ただしくなってきた医務室内。
「ありがとうございます、ラーゲル様」
「ロカ……無理は絶対にするな。
この者のした事を、無駄にはするなよ」
「はいっ」
「王妃…様……」
のろのろと、僕が横たわったベッドまでやってくる長身にふわりと微笑む。
「アーヴィング、待ってて」
絶対大丈夫だから。
僕が、この子を死なせないから。
隣を向いて、目蓋を固く閉じた顔を見つめる。
(ねぇ、リシェ)
僕らは、どちらかが犠牲になるために2人で現れたんじゃないよ。
ーー僕らは、幸せになるために、生まれてきたんだ。
そうでしょう?
ねぇお願い、死なないで。
マスクを付けられ、麻酔でスゥッと意識が遠くなる中。
低い声が悔しそうに呻く泣き声と
愛する人が手を強く握ってくれている温度を
感じた。
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