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「皆、揃っているか」
陛下の声に、みんなが頷いた。
この日、もう1人のΩ……リシェの処遇に関して、城の人たち全員を集め話し合いが行われた。
結果的に、あの子は助かった。
目はまだ覚ましてないけど、峠は越え命に別状はないと診断された。
僕が目を覚ましたときには既に手術は終わっていて。
憔悴しきったアーヴィングに、ひたすら「有難うございます、有難うございます」と頭を下げられていた。
(本当に、良かった……)
まだ暫くは目覚めないだろうとのこと。
ゆっくりゆっくり回復させて、それから目を開けて欲しいと思う。
パドル様は死罪にはならなかった。
ラーゲル様が下した判決は、国外追放。
あんなにも国を愛してた人だ。きっと、死罪よりも辛く苦しいもののはず。
国を愛する気持ちは同じなのに、これ程までも違うのかと身をもって痛感した事件だった。
パドル様の処遇が終わり、次はリシェ。
ラーゲル様が「城の者の意見が聞きたい」と、みんなを集めた。
(処遇って……別にあの子は何も悪いことしてないじゃん。なんで話し合わなきゃいけないの?)
全く分からなくて、嫌な気持ち。
ラーゲル様は何を考えているんだか……
「早速だが、リシェに関して何か意見のある者はいるか」
投げかけた質問に真っ先に手を挙げたのは、庭師。
「恐れ入りますが陛下、私はその者を信用することができません。
パドル様とずっと共におりましたし、一切の助けやその動向を知らせることもしなかった。
言える環境下ではなかったのかもしれませんが、それでも国に関わることです。もう少し動くことができたのではないでしょうか。
それに王妃様の前に飛び込んだのも、初めからそういう計画で、こちらの信用を得る為だったのかもしれません」
(な……ぇ………?)
全く予想だにしてなかった返答。
そんな…まさかそんなことを思ってる人がいたなんて。
しかも、
(1人じゃ、ない……?)
少数だが「私も」「俺も」と声が上がっている。
慌ててラーゲル様を見ると、表情を変えないまま「ふむ」と話を聞いていて。
(まさか、こんな意見が出るのを分かってた……?)
だからこの会を開いた?
出た意見にザワザワし始める群集。
その中から、
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」
今度は1人の女性が手を挙げた。
「私は、リシェ様の侍女を任されておりました。
毎日お世話をして、着替えや風呂の際の少しの会話もさせていただいておりました……!」
震えていて、でも一生懸命言葉を紡ぐ彼女に再びシィ…ンと静まる。
「あの方は、とても優しいお方です。
いつもいつも労いの言葉をくださって、気にかけてくださって、本当に…心の綺麗な……方で……っ」
ポロリと流れた涙はそのままに、これまでした会話の内容や人柄について熱心に語られる。
「その話に付け足したいのですが」
ゆっくり挙がる、別の手。
「あの子はよく散歩をしておりました。
あまり外へは行っていないようでしたので、外仕事の者たちはご存知ないかもしれません。
城内を歩く彼は、すれ違う者によく挨拶をしていました」
それは、もしかしたらパドル様がそう指示していたのかもしれない。
「だが、その挨拶は本当に気持ちの良いものでした。とてもじゃないが私は悪い気はしなかった。
他の者はどうかね?」
「俺もそう思います」「私も挨拶されたことがあります。後、少し会話も」
次々と出てくる同意見の声。
更に、
「訓練場で話をさせていただいておりました。
あの方は貴重なΩという身分にも関わらず、俺たちに分け隔てなく声をかけてくださった。
本当に…とても心の広い方です」
兵士たちも一同にリシェを擁護するような言葉を言ってくれて。
ーー嗚呼、そうか。
(変な憶測をそのままにしてしまうのが危険だから、この場を設けてるんだ)
まだあの子に会ったことない人たちもいる。
その人たちは、起こった事件だけであの子を判断する。
もし「危ない」と、刃を向けてしまったら。
あの子がまた危険に晒されてしまったら。
それを避けるため、みんなを集めたんだ。
「体調が回復すれば、きっと外も歩かれるようになる。その時に話してみるといい。
恐らく思ってる以上に可愛らしい方だぞ?」
「え、可愛らしいのか? 俺は綺麗だと聞いたんだが」
「確かに綺麗な顔はしているわね。でも、私が見たとき何もないところで躓いて転けそうになってて、思わず笑っちゃったの。どうしてあんなところで躓けるのかしら?」
「もしかして案外おっちょこちょいなのかもしれないな」
「はははっ。あぁそれと、」
どんどん出てくるあの子のエピソード。
あの子のことを城の人たちは思った以上によく見てくれていて、愛してくれていて。
(もう大丈夫、かな?)
気づけば、最初に意見した人たちも笑って話を聞いていた。
チラリとラーゲル様へ視線を向けると、薄く笑いながら肯いていて。
「それでは、今出ている意見を再度整理し処遇を決めていく。
リシェのことだがーー」
ラーゲル様の声を聞きながら、静かに部屋を出た。
「アーヴィング」
柔らかな風が入る、医務室。
すよすよ眠るあの子の側に椅子を置き、長身が優しい顔をしていた。
「話し合いはいい方向にまとまりそうだよ。こうなること知ってて参加しなかったの?」
「えぇ、そうですね。今は片時も離れたくないもので」
恐らくこの城で生活していくことになるだろうリシェ。
城の人たちが同一の意見を持った今、もう何も心配することはない。
まだ半信半疑の人も、これからその意見が間違いではなかったと思うはず。
時間とこの子の生活ぶりが、間違いなく解決させてくれる。
(後は、アーヴィングかな)
って、もう僕が言わなくても感づいてるんじゃないかな?
「離れたくない」とずっとこの子の元にいて、規則正しく呼吸してる頭を優しく撫でていて。
その目やその仕草から、もう〝愛おしい〟と声が聞こえてくる。
きっと、なんとなくわかってるはずだ。
匂いなんか感じなくても、自分たちの間に固い糸が結ばれているのを。
アーヴィングは多分、それが運命でなくたってリシェに自分の想いを告げるのだろう。
「運命の番などどうでもいい。俺は君と番いたい」と。
(ふふ、強いなぁ)
己を信じ貫く姿は、この国の騎士団長に相応しい。
……まぁ一応、僕からも助言しといてあげようか。
「その考えはきっと正しいよ」と。
「大丈夫だから、進んでみて」と。
嗅覚を失ったにも関わらずαとして一歩踏み出すその背中を、押してあげたいと。
もしかしたらまだ迷いがあるかもしれないその心を、支えたいと。
そう、思うから。
「ねぇ、アーヴィング」
「はい?」
名前を呼ばれ、不思議そうにこちらを向く顔に笑いかける。
(さぁ、今度は君たちが幸せになる番だよ)
「ーーその子は、君の〝運命の番〟なんじゃないかな?」
〜fin〜
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