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「ただの気まぐれだったとしても、アーヴィング様からいただけた花はとても大切でした」
侍女から小さな花瓶を貰い、自室の机の上に置いて毎日毎日水を替えた。
親しく話せる人はいなかった分、自然とその花に向かって話しかけてしまって。
こっそり話をする僕の声を、いつもいつも聞いてくれていた。
「ひと月くらいは保ててたんですけど、やはりだんだんと枯れてしまって……それで、押し花にしたんです」
生きてるのだからしょうがないこと。
だけど、初めて自分の番から貰ったのに捨ててしまうのは勿体なくて、嫌で。
押し花にして時を止め、栞にしてずっと眺められるようにした。
「訓練場でもその花の話はしていたが、まさかひと月も保っていたとは……王妃様は一週間ほどで枯らしたとおっしゃっていたのに」
「きっと一輪だったからですよ。目が行きやすかった分世話もしやすかったので」
「そう、か……
なぁ。君はこの花に、一体どんな話をしていたんだ?」
隣に座ったアーヴィング様が、栞の花を撫でながら訊いてくる。
「そう、ですね……
城での生活についてやその日の食事の話、習った勉強の復習、あと散歩をしているときに出会った方々の話とか、訓練場での兵士の皆さんの様子とか」
勿論、パドル様に関することもこっそり話していた。
知らない間にポロリと口から漏れていて、抱えきれない不安や感情を、静かに吐き出した。
「けど、多分1番話をしたのは、貴方のことです」
恥ずかしいけど、きっとそう。
自分以外の誰にも…アーヴィング様本人にさえ告げれなかった想い。
『今日は訓練場でこんな話をした』
『アーヴィング様はとてもかっこよくて勇敢で、大きな手はあんなにも温かい』
『僕があの方の運命の番なんて、夢みたいだ。嬉しいなぁ』
『それを言える日は……来るのだろうか』
『王妃様の専属騎士、凄くお似合い。僕なんかとは釣り合わなすぎて、恥ずかしい』
『嫌われてしまっただろうか。本当のことを言えば良かったのかな。でも、言ってしまったら多分…全てが……』
『ねぇどうしよう、もうどうすればいいかわからない』
『僕は……』
『僕は多分、運命関係なく…あの方のことが好きなんだ』
あの方が大切にしているものを、僕も大切にしたい。
命をかけて守り抜いたものを、僕も守りたい。
その為なら、僕はーー
「リシェ」
「っ、ぁ、はい」
「今度、一緒に街へ行こうか」
「え?」
下がってしまっていた視線をあげると、アーヴィング様が優しくこちらを見ていた。
「まだ体調が万全ではないから、休憩を挟みながらゆっくり。辛いようなら俺が抱えてもいい。
リシェの出身地には無かった食べ物や飲み物がたくさん売ってる。そこら中で響く音楽だって、もしかしたら初めて聴くものかもしれない。
花も服も装飾品も、人の言葉にだってきっと新しい発見があるはずだ」
それらを共に感じて、吸収して、楽しんで。
「この花以上の思い出を、君に渡してやりたい」
「っ、」
「この一輪の花は、やりすぎなくらい仕事をしたな」
「ははは」と苦笑しながら、栞を僕に返してくれる。
「リシェのその想いを、俺も聞いてやりたかった。
抱えきれぬ不安を、共に抱えてやりたかった。
もっとちゃんと見ていれば……君の身体に傷が付くこともなかった」
「それは!」
「だが所詮、後の祭りだ。
だから、これからは俺が君の全てを聞き、叶えていきたい」
「ぁ……」
ふわりと、大きな身体に包まれた。
「リシェは抱えすぎることが多い。
もっとなんでも話してくれ。それこそ、この花にしていたように。
俺もちゃんと話をするから、な?」
「っ、」
「先ずは街へ行こうか。
リシェが守り抜いた国の、最も栄えている街だ。人が多くとても賑わっているぞ」
「……っ、はい、ぜひ行ってみたいです」
「よし、では俺の次の休みにしよう。
欲しいものは全て買ってやるから、そのつもりでな」
「えぇっ!? そんな、それは全然」
「遠慮はいらん。俺がしたいからするだけだ。
帰りには、王妃様へ上げたもの以上に大きな花束を持って帰ろう。
この部屋に飾るから、それ用の花瓶もな。一緒に気にいるものを選ぼうか」
「〜〜〜〜っ、はぃ」
ーーたくさんたくさん、話をしよう。
なんでもいい、他愛無い話を。
今日は何があったとか、何が食べたいとかこれがしたいとか。
そして、それを2人で知って共有していきたい。
そうやって、生きていこう。
きつく抱きしめられるのを、背中に手を回し抱きしめ返す。
これからも、この先ずっと続く幸せな日々を、思い描きながら。
逞しく優しい温度の中で、目を閉じた。
〜fin〜
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