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1.アリスとイヌとイヌの先輩
「最近なんか、2年のキモい先輩に言い寄られててさぁ」
今年から都内の私立高校に通っている妹の藍が、ソファーに寝ころびながら言った。
電話の相手は、中学校の同窓生らしい。
藍は、兄の俺が言うのもなんだけど、顔に似合わずがさつで、ハッキリ言って…可愛くない。
顔だけは、可愛いと思う。自慢じゃないが、むしろ男としては自虐ネタにしかならないけど、度々性別を間違われて美少女と呼ばれていた、子供の頃の俺に良く似てる。
髪も伸ばせばいいのに後ろは短く刈り込んで、制服姿は背後から見ればスカートを穿いた男にしか見えない。
そのクセして、あだ名が苗字の有栖川 から取って「アリス」ってんだから、おかしな話だ。
合唱部でソプラノ担当、歌声は綺麗だから声も汚くないはずなのに、 普通に話すときは発声が悪いのか、性格がにじみ出ているのか、濁声ってーかなんてーか…。
極み付けには笑うとき、大口を開けてガハハと言う。本人はそうは言ってないと豪語するが、少なくとも俺にはそう聞こえる。
ソファーに寝ころぶその姿も、背もたれに両足を掛けて、決して行儀のいい格好じゃない。
そんな妹に言い寄る男、とか………。
ついつい、罰ゲームかボランティアか?
とか考えちゃう俺は、兄失格だろうか。
「顔~?顔は悪くないよ。身長も190近くあるし。え?ゴリ系じゃない。なんかモデル体型っつーの?」
なんだよ。モデル体型で顔も良いって、絶対モテ男じゃんか。
「バスケ部でー、……あぁ、そう、うんうん。1年からレギュラーっつってた、クラスの女子が」
クラスの女子が知ってる先輩ってことは、やっぱ人気モンじゃん。
「え?でもキモくね?アタシ好きとか、ぜってーホモじゃん」
テーブルに突いてた肘から力が抜け、ガクンとなった。
妹よ、お前はそんなでも一応女だ。
男じゃないんだから、そいつはホモじゃねーぞ。
そいつも可哀想にな…。
藍なんか好きになったばっかりに、キモイとかホモとか言われて……。
「わかってるよ、そんだけじゃねーんだって。ちょー意味分かんねーこと言ってくんの。なんか、イヌ?」
イヌ?
貴女の犬にしてください、的なアレか?
それはちょっと……、確かにキモい。
「いや、違くて。なんか、小学生の時、イヌを探したんだって。アタシそれ手伝ったとか言われて……」
……ごめんなさい、藍の先輩。
一瞬でも誤解してキモイとか思ってすみませんでした。
「んでさ、アリスって呼ばれてたから君に違いない、とか言われてさ。知らねっつーの。アリスなんか他にもいんだろ。……え?あんまいねー?マジ?」
「………おい、藍…」
「なに?今電話中!…あ、ごめん、アニキアニキ」
いきなり不機嫌になったな。
昔はもっと、お兄ちゃんって可愛……いや、想い出補正掛けました。すみません。
昔からこいつは俺のこと「アニキ」って呼んで、カブト虫やゴの付く悪魔を掴んで追っかけてくる女だった。
───じゃなくて!
「お前、それ……」
「だから、なに!」
「俺だ」
「は?なにが?」
「その、お前の先輩が言ってるアリス、俺のことだ。…たぶん」
「はあぁっ!?」
昔の俺は、すこぶる可愛かった。
当たり前だけど、スカートなんか穿いたこともない。
ずっとズボンを穿いていたのに、常に女の子に間違えられた。
髪も普通にショートだった。
藍みたいに刈り上げたりはしなかったけど。
服だって、ブルーや黒を好んで着てた。
男だって周知させる為に男だって分かる服を着てた。
苦手だから虫取りには参加できなかったけど、ボール遊びや鉄棒、縄跳びなんかは得意だった。
自分では男らしいつもりだった。
けど、初めて会う人には必ず美少女と褒め称された。
褒めてくれるのは有り難いけど、とんだ有り難迷惑だ。
中2に上がってから急に背が伸びて、女の子に間違われることもなくなった。
けど、そうだな……。
あれは、多分中1ん時だから、まだ背も低かった頃だ。
あれからもう、……5年、
ってお前!なんだよそれ、初恋にしたって引っ張りすぎだろうが!!
取り敢えず、藍にその先輩には人違いだと伝えるよう促した。
知らないまま藍に恋を続けるなんて、余りに不憫すぎる。
相手が男だったと分かったなら、その先輩ってのも諦めが付くだろう。
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