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川下 志津という男は(一葉 side)

部屋で1人、物思いにふける。それはいつものことだが、今日は考えているジャンルが違う。普段は「なぜ犬は茶色や白色が多いのだろう。なぜ赤色や緑色はほとんど見ないのだろう」ということを遺伝の法則を踏まえて調べてみたり、「スクランブル交差点は何のために存在するのか」を考えてみたりしている。一般的な人間から見たら「時間の無駄」なんだろう。 「わからない……」 今日の出来事を振り返り、ふと呟いた。川下志津。僕の頭の中には彼が染み付いている。その名のとおり静かな性格だ。クラスでは1番大人しく、コミュニケーション能力に乏しいため周囲から距離を置かれている。もし彼が明日から「やあ君達、おはよう」と積極的に挨拶をしたらどうだろう。きっと周りは余計気味が悪く感じると思う。最初が肝心?では川下が入学式当日に勇気を振り絞って「イェーイ、よろしく!」なんて声をかけたらみんなと打ち解けていた?否、残念ながらそれはないだろう。彼が本来の姿を隠して明るく振る舞っても、周りには正体を勘づかれてしまうものだ。結局、人間というものは生まれ持った性格と容姿、そして環境で相手の価値を決めてしまう。ゆえにどう足掻いたところで僕のようなやつは浮いてしまうのさ。 僕の川下に対する印象はこうだった。控えめで人と話すことが苦手。でも本当は誰かと話したい。現実世界で満たされない分、アニメや本に情熱を注ぐタイプ。そして実はロリコン。予想は大体当たっていた。そう、大体。 初めて会話をした放課後。人の頼みを断れない彼は日直の仕事を代わりにしていた。恥ずかしがり屋だがしっかり者だし、お礼もきちんと言う。悪い人ではないとすぐにわかった。が、それを知らない人間からは評価されない。人間というものは実に滑稽だ。 その一件で僕達の関わりは終わりだと思っていた。 なぜかあの日から彼の態度が変わった気がする。彼にしては積極的だと感じた。なぜなのか僕にはわからない。でも僕の心に土足で入ってこないから、話していて何だか居心地がよかった。

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