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玄愛Ⅱ《炯side》1

山田を抱いたあとからずっと、山田の涙が頭から離れない。 分かっていたはずなのに。 抱いてしまえば、余計に辛い思いをさせるということを。 なぜ抱くことを選んでしまったんだろう。 そんなことばかり毎日考えてしまっている。 『大晦日、4人で集まって初詣行かねぇ?』と綾からグループ内の連絡が来た。 山田だけはそのメッセージのあとから、誰が何を送っても既読にならなかった。 毎年クリスマスも大晦日も元旦も山田と一緒にいたが、今年は状況が違う。 友達に戻るというから抱いたのに。 『雅鷹ー、返事くれよー』 綾が何度も連絡しても山田からは全く既読がつかない。 もしかして、まだ俺を好きなのか? だから返事をしないのか? 俺を好きになっても幸せになれないのに。 結局山田からは連絡が来ないまま、大晦日に集まるという話は無くなった。 年があけて綾から買い物に付き合って欲しいと連絡がきた。 「悪いね付き合わせて」 「愁弥と買い物に行けば良かっただろ」 「服の趣味が合うのは炯だからさ。初売り今日までだし」 いや、たぶん綾は買い物が目的じゃない。 俺が山田と何かあったんじゃないか探っているんだ。 「雅鷹と何かあった?」 予感は的中した。 買い物が終わり、カフェで休息している最中に綾が問いかける。 隠しても仕方の無い事だし、あの日、山田を抱いたことを話した。 「諦めるのを条件に雅鷹を抱いた!?」 「山田から抱けば諦めるって言われたからな」 「お前それ…残酷だな…」 残酷…? 「雅鷹が炯のこと諦められると思うか?あの何でも手に入れたがる雅鷹だぜ?お前も分かってただろ?炯のこと中2からずっと好きで1回フラれても諦めてなかったんだよな?」 確かに中学の時に一度断ったし突き放したが、今回の条件で友達に戻るって言ってきたのは山田だ。 それのどこが残酷なのか。 「お前は雅鷹のためじゃなく、自分のために雅鷹を抱いたんだよ。結局自分が傷つかないだけだろ?抱かないで拒否する選択肢もあったはずだ。むしろ炯ならそっちを選ぶはずだと思ってたけどな」 綾は注文したコーヒーの氷をストローでゆっくりと混ぜながら、視線を俺に移して続ける。 「抱けば余計に忘れられなくなるって分かってただろ?抱いたら雅鷹の奥深くに炯が刻まれるだけだ。余計に辛いに決まってる」 綾の言っていることは最もだった。 抱かないという選択肢もあった。 「…っていうか、無意識に雅鷹の中にお前を刻んで縛り付けたかったのかもしれないな。結局お前は雅鷹を独占したかったんじゃねぇの?本能が雅鷹を求めてたんだよ」 本能が山田を求めている? それは違う。 俺は山田に同情して抱いたんだ。 「もし無意識じゃなく、それが計画的だとしたら鬼畜すぎるけどな。とりあえず雅鷹に電話しろよ。俺だと出ないから」 そう言って綾はテーブルに置いてある俺のスマホを指差して言った。 「学校始まってもちゃんといつもみたいな俺らでいられるように、炯からアクション起こせよ。ほら、電話しろ。友達なんだろお前ら」 「電話っつっても…何話せばいいんだよ」 「んなもんテキトーでいいよ。明けましておめでとうとか、…あぁ雅鷹はめでたくねぇか…元気か?とか」 そう言われて一瞬ためらったが、久しぶりに山田の声が聞きたくなり電話をかけていた自分がいた。 声を聞いてどうしたらいいか分からないけど、いつも一緒に居すぎたから変な感じがしただけ。     いつも通りの会話が出来ればそれでいい。 ―…恋愛感情なんて無い 『はい、山田ですが』 電話越しの声に驚いた。 女の声だ。 「山田…?」 『雅鷹の姉です。雅鷹は電話を受けられる状態ではないので』 姉? 携帯を受けられない? 姉に電話を任せるほど、俺との会話がそんなに嫌なのか? 俺が深くため息をついた瞬間、思ってもいない言葉が電話越しに聞こえた。 『雅鷹は…10日前に交通事故に合ったんです』 頭が真っ白になった。 事故と聞くだけで体が震えそうになる。 嫌な予感がした。 予感だけであって欲しいという気持ちが強く、鼓動が早くなるのが分かった。 「どこの…病院ですか…?」 山田のいる病院を聞き出し電話を切ると、綾が俺の顔を見て心配をしている。 「どうした?病院?」 「山田が10日前に交通事故にあったって…」 「まじかよ!でも無事なんだろ?」 無事…? 病院は教えてもらったが容態までは聞いていない。 意識はあるのか、ないのか。 生きているのか、死んでいるのか。 「分かんねぇ…」 「なんだよ、分かんねぇって。もう1回電話しろよ」 俺は発信ボタンを押せなかった。 確認すれば安心出来るのに。 でももし電話をかけて、意識が無いと言われたら? 死んでいると言われたら? 「山田が死んでたら…どうすればいい?」 普段の俺からは想像も出来ないほど弱気な俺の顔を見て、綾は俺の背中を叩いた。 「死んでたら死んだって言うだろ。大丈夫だから。絶対。雅鷹は生きてるよ。とりあえず病院行こうぜ」 カフェを後にして、綾がタクシーを捕まえて病院へ向かった。 車内はお互い無言だった。 タクシーから降りて、綾に腕を引っ張られながら院内に入った。 そして綾が受付で山田の面会をしたいと申し出をしてくれた。 しかし看護師からの回答は「山田様は面会謝絶です」だった。 面会も出来ないほど悪い状態なのか? 俺の鼓動が速くなる。 いなくなるかもしれない? 山田が? 「面会謝絶って。でも生きてるんですよね…?」と綾が看護師に確認をする。 怖い。返事を聞くのが。 ―…もしも死んでたら? もうあの声も、 無邪気な笑顔も、 俺を見つめる目も、 全て無くなってしまう。 山田までいなくなったら、どうすれば―… 「哀沢さん?」 後ろから女性の声がして振り返ると、山田の姉がいた。 俺は何度か山田の家で会ったことがあったので顔は知っていた。 「山田は…大丈夫なんですか?」 怖い。 返事を聞くのが。 「命に別状は無いんですけど出血は結構したようで、弟の血液って珍しいからなかなか無くて輸血に時間がかかったみたいです」 そう笑いながら話してくれた。 「よかった…」 「よかったな炯。俺このあと舞台の稽古があってもう遅刻しそうだから帰るわ。雅鷹によろしく。また学校でな」 俺の安堵した表情を見て、そう言って綾は帰っていった。 「雅鷹に会いに行きましょうか」 そう言って山田の姉が病室まで連れていってくれた。

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