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玄愛Ⅱ《炯side》2
病室のドアを開けると、山田はすやすや寝ていた。
俺は安堵した。
山田の姉に椅子を差し出され、俺はそこに座った。
「雅鷹は末っ子だから甘やかされて…私達でも手がつけられないくらいワガママだったんですよ」
山田の姉は笑いながら紅茶を入れ始めた。
「あんなに学校を嫌ってた雅鷹が、中2の時から毎日楽しそうで…いつも哀沢さんの話をしてました」
確かに、山田とは中2の時にクラスが同じになったんだ。
出会った頃は手がつけられないくらいワガママだったな。
「その時から性格が少し変わって、柔らかい表情するようになったんです。哀沢さんの話をしてる時は特に。家族全員驚きました」
山田の姉は俺に紅茶を差し出した。
「ありがとうございます」
「私のこと、前は姉さんって呼んでいたのに最近では姉貴って言うんですよ。哀沢くんが自分のお姉さんのこと姉貴って呼んでるから俺も真似するんだって」
そしてスティックシュガーを5本程渡してきた。
俺が甘党だということも山田が伝えていたのだろうか。
「弟のスマホは私が預かっていて誰からの連絡も断ち切るよう言われましたが、思わず出てみたんです。哀沢さんは弟の特別な人だから」
山田の姉は荷物を持って立ち上がった。
「こんな弟ですけどこれからも仲良くしてやってください。寝たばかりで起きないかもしれませんが。では、私は帰ります。ごゆっくり」
バタン、と個室のドアが閉まる音がして、眠る山田と俺だけの空間になった。
しばらく経っても山田は起きなかった。
生きているのか?と胸に手を置くと呼吸が確認できて安心した。
一度眠るとなかなか起きないヤツだから。
机の上にはノートパソコンと、大量の参考書や問題集があった。
俺は暇だったから、英語の論文に目を通した。
大分難しい内容を、日本語に訳したり中国語に訳したりしている。
山田はこう見えて中学時代から学年トップだし、全国でもいつも5位以内に入っている。
それぐらい頭がいい。
そんなに頭がいいなら、見込みが無い俺を諦めた方が楽だと分かるはずなのに。
恋愛感情ってのはよく分からないな。
山田がいなくなるかもしれないと思ったら不安で仕方なかったこの感情。
これは恋愛感情なのか?
それともただ過去のトラウマに引きずられているだけなのか?
分からない。
ただ今は、山田と少しでもいいから話しがしたい。
生きていると実感させて欲しい。
別に一度帰宅して、明日会いに来てもいいのにこの場から動けない自分がいた。
山田は起きる気配が無い。
少しだけでいいんだ。
本当に少しだけ。
生きていると実感出来るまでは、いくらでも待てる気がした。
気付くと俺は少し寝てしまったようで、目を開けると山田がベットからいなくなっていた。
焦った。
まるで、大切なものを失ったあの感覚に包まれた。
すると、ドアから人が入ってくる音がした。
「あ!哀沢くん起こしちゃった?」
入ってきたのは両手に飲み物を持った山田だった。
「起きたら哀沢くんが寝ててびっくりしたよ。面会名簿見てきたら13時ぐらいに来てたんだね。俺その前までは起きてたんだけど寝ちゃったんだ」
よかった。
生きてる。
俺は椅子から立ち上がり、ドアの傍で会話を続ける山田に駆け寄った。
「起こしてくれてよかったのに。哀沢くんの好きなコーラ売り切れてたからココアでもい…」
山田の言葉を遮り、気付くと俺は山田を抱き締めていた。
力が抜けて床にジュースが落ち、部屋にその音が響いた。
「哀沢くん…?」
俺もなぜ山田を抱きしめたのか分からない。
体が、本能が、山田を抱きしめたいと思っただけ。
沈黙が続き、しばらくして山田が話し始める。
「俺ね、別に死んでもよかったんだ…死ぬ前に哀沢くんに抱いてもらえたから。それだけで満足だったから後悔してない」
山田の意外な発言に驚いた。
好きな奴に抱いてもらえたから後悔してない?
あんなに冷たく突き放したのに。
恋愛感情なんてないセックスだったのに。
「でも…今日哀沢くん見ちゃったら、やっぱりダメだぁ。まだ好きだから苦しい」
それなのに、まだ『好き』という感情があるのか?
そんなにも恋というものは偉大なのだろうか。
俺の奥底に閉じ込めて置いた感情が再び思い出されようとしている。
考えることすら辞めたのに。
誰かを好きになることは二度と無いと思っていたのに。
「だから放して。頑張って諦めるから。哀沢くんのこと。これ以上好きにさせないで」
俺が強く抱きしめているため、無理矢理その腕から抜けようと抵抗するが、俺の力に敵うはず無い。
いま放したら本当に終わってしまう気がする。
「放したくねぇんだよ」
山田なら、もしかしたら俺を導いてくれるかもしれない。
この感情が恋なのかどうか分からせてくれるかもしれない。
「山田…そのまま黙って俺の話を聞いてくれ」
俺は自分の過去を全て話した。
「雅彦って…あの有名なモデルの三科雅彦?射殺された?」
「そうだ。俺はあいつが死んでからもう誰も好きにならないって誓ったんだ」
そう、だから山田に好きと言われて困ったんだ。
自分みたいになって欲しくなかったから。
依存して欲しくなかったから。
「山田がいなくなるかもしれないと思ったら不安で仕方なかった。あいつを失った時の感情と似ている気がした」
結局、
好きだと言わなくても、
好きだと言っても、
俺の中には山田が存在していることが分かった。
「もしまだ山田が俺のことを好きなら、俺のこの気持ちが恋なのかどうか証明するために一緒にいて欲しい」
あそこまで突き放した言葉を言ったのに、それでも2年間まだ俺を好きだと言ってくれたことが純粋に嬉しかった。
だから俺も向き合いたいと思った。
「俺もちゃんと向き合う。時間かけて、もしこれが恋なんだと気付いたら、その時は山田に告白する。…さすがに身勝手か?」
山田が俺を好きだと知っているのに、自分の気持ちを知るために傍にいて欲しいなんて都合が良すぎるのは分かってる。
でも山田なら受け入れてくれる気がした。
「じゃあ、お付き合いの仮契約ってことでいい?俺は好きでいていいんだし、哀沢くんが俺を好きになってくれたら、正式に付き合おうね!」
山田は顔をあげて嬉しそうに俺の肩に腕を回して抱きしめた。
「もう、めっちゃお金かけて惚れ薬とか開発して好きになってもらう」
「結局金かよ…」
あぁこの感じ。
いつもの俺たちだ。
「じゃあまた、学校でな」
しばらく他愛もない会話をして、俺は病室を出て帰宅した。
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