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第21話 父上の様子がおかしいです

 ニコたちが屋敷に着くと、魔王の使いが待ち構えていた。  ショウが魔王継承権を放棄し、ニコが正式に次期魔王になることが決定した、と告げられ、タイミングのよさにニコは唇を噛む。  バーヤーンと一時的な契約をしたタイミングといい、魔王はこうなることを予測していたのでは、と思うほどだ。 「名を上げるチャンスだな」  そう言って彼は笑っている。ニコはショウたちと話をするため、執務室へ向かった。もちろん、バーヤーンを紹介する目的もある。 「バーヤーン、今から父上のところに行きます。きみを紹介するから、そのつもりで」 「……ああ」  なあ、とバーヤーンは珍しく遠慮がちに話しかけてきた。 「その……この間は悪かったな」 「何のことです?」  バーヤーンに謝られることなど、ありすぎてどれを指しているのか分からない。ニコは首を傾げると、バーヤーンはガシガシと頭をかいた。 「お前が『洗礼』を止める理由、甘いなんて言ってよ……」  自分の家族が被害に遭って、初めてその理不尽さと悔しさに気付いた、と彼は言う。ニコは微笑むと、バーヤーンはなぜか息を詰めた。 「いいえ。僕の考えは普通じゃないことは自覚しています」  ショウの『洗礼』被害がなければ、両親の恋は発展しなかっただろうと聞いた。リュートがそれをきっかけに、ショウを守りたいと強く思ったからこそだ。  そのエピソードを、バーヤーンに話してみた。彼は「守りたいと思う気持ちは、誰が相手だろうが関係ないんだな」と眉を下げて呟く。ニコもバーヤーンも、互いに守りたいものがあったと分かれば、無駄に戦うことはしない。バーヤーンは話が分かる魔族らしい。 「憎しみは連鎖する。誰かが断ち切らないと、というのはお父様の言葉です」  そして、断ち切るのは自分だ、とニコは宣言する。 「きみのように、家族を亡くして悲しむ魔族が増えない世界にしたい」  そうニコは言うと、突然バーヤーンがニコの手首を掴んだ。ビックリして足を止め振り返ると、思ったより真剣な眼差しの彼がいる。  ドキッとしている間に、バーヤーンの顔が近付いた。こんなところでなぜ顔を近付ける必要があるんだ、と内心慌てていると横から呼ばれ、彼の動きが止まる。 「……父上!」  ニコが振り返ると、バーヤーンは離れてくれた。一体何をするつもりだったのだろう、と思いながら父、リュートに笑顔を向ける。  すると、リュートは素早く何かを投げた。それはバーヤーンのそばの壁に刺さり、びぃぃぃん、と音を立てて止まる。見ると、ペンだった。 「【侵入者】ですね、ニコ」 「いえっ、このひとは僕が個人的に雇おうとしている世話係です」 「……ふぅん?」  なぜかリュートはバーヤーンを上から下まで品定めをするように眺める。父の珍しく不躾な態度に、ニコは肝がヒヤリと冷えた。滅多に怒らない父が、どうしてこんなにも不機嫌を露にしているのだろう、と。 「世話係、ですか……」 「名はバーヤーンと言います。いずれ魔王様の元で働きたいと」 「……そうですか。それにしても、とても主人に対する態度ではありませんでしたねぇ」 「……あ?」  そう言いながらリュートはにこやかにバーヤーンを見る。顔は笑っているけれど、リュートは全開でバーヤーンに敵意を向けていた。一体なぜ?  そしてバーヤーンも、リュートの態度に思うことがあったようだ。いきなりペンで攻撃されては仕方ないけれど、元々喧嘩っ早い彼だ、不機嫌に聞き返している。 「王族に仕えるという名誉ある仕事は、貴方では持て余すのでは、と思うんですよ」 「ち、父上っ、彼はとても強いのです。護衛としては優秀ですよっ」  なぜだか知らないけれど、リュートとバーヤーンの間に火花が散っている気がする。ニコは慌ててなだめるけれど、効果はない。 「ニコ、ちょっとこちらへ」  リュートがニコの腕を引っ張り、バーヤーンから引き離す。そして十分バーヤーンから離れた場所で、耳打ちした。 「……本当に、世話係ですか?」 「本当です。父上もここのところ、僕の飢えが酷いのはご存知でしょう?」 「本当に世話係なんですね?」  なぜここまで念を押して聞いてくるのだろう、とニコはリュートを見上げた。 「だからそうだと……逆に何だと思ったんですか?」 「あ、いえ……別に……」  先程からリュートの態度がおかしい。バーヤーンをここまで警戒するにしても、いつもの彼ならきちんと聞いてくるのに。するとリュートはニコから視線を外した。そして「絶対認めません」と小声で呟いている。 「父上……ただ契約で一緒にいるだけです。魔王様に仕える足掛かりになればと、その条件で」 「きみ、背が高いねぇ」  すると背後でのんびりとした高めの声が聞こえた。振り返るとショウがバーヤーンと話している。 「お父様!」  ニコはショウに駆け寄ると、ショウはニコニコと笑っていた。 「はい、今日から雇おうと思って連れてきました。バーヤーンと言います」 「そっかぁ。……ふふ、このひとが殺さずに済んだひと?」 「ええまぁ。彼はとても野心があり、魔王様に仕えたいと」  ニコの説明にショウはニコニコ笑顔を崩さなかった。しかしショウの元へ来たリュートは苦い顔だ。  ところが、次に発したショウの言葉でニコは固まってしまう。 「ニコにもついに彼氏ができたんだねぇ」 「え?」 「ぐ……っ」  聞き返したニコに続いて呻いたのはリュートだ。どうしてリュートが呻くのかと思ったけれど、それどころじゃない。自分の想いはバーヤーンにバレてはいけないのだ。これは訂正しないと。 「ち、違いますっ。相性がいいから、そばに置いてるだけですよ」 「そうなの?」  マイペースなショウは、小首をかしげてバーヤーンを見た。バーヤーンは「はい」とだけ答える。発言する許可を得るまで黙っているとは、やはり彼は魔族として優秀だ。 「そっかぁ」  眉を下げるショウは、何だか残念そうだ。しかもショウの隣で胸を押えているリュートも気になる。ニコは立ち話もなんだし、続きはお茶でもしながら、と促すと、四人は外のテラスへ歩き出した。

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