21 / 47
第21話 父上の様子がおかしいです
ニコたちが屋敷に着くと、魔王の使いが待ち構えていた。
ショウが魔王継承権を放棄し、ニコが正式に次期魔王になることが決定した、と告げられ、タイミングのよさにニコは唇を噛む。
バーヤーンと一時的な契約をしたタイミングといい、魔王はこうなることを予測していたのでは、と思うほどだ。
「名を上げるチャンスだな」
そう言って彼は笑っている。ニコはショウたちと話をするため、執務室へ向かった。もちろん、バーヤーンを紹介する目的もある。
「バーヤーン、今から父上のところに行きます。きみを紹介するから、そのつもりで」
「……ああ」
なあ、とバーヤーンは珍しく遠慮がちに話しかけてきた。
「その……この間は悪かったな」
「何のことです?」
バーヤーンに謝られることなど、ありすぎてどれを指しているのか分からない。ニコは首を傾げると、バーヤーンはガシガシと頭をかいた。
「お前が『洗礼』を止める理由、甘いなんて言ってよ……」
自分の家族が被害に遭って、初めてその理不尽さと悔しさに気付いた、と彼は言う。ニコは微笑むと、バーヤーンはなぜか息を詰めた。
「いいえ。僕の考えは普通じゃないことは自覚しています」
ショウの『洗礼』被害がなければ、両親の恋は発展しなかっただろうと聞いた。リュートがそれをきっかけに、ショウを守りたいと強く思ったからこそだ。
そのエピソードを、バーヤーンに話してみた。彼は「守りたいと思う気持ちは、誰が相手だろうが関係ないんだな」と眉を下げて呟く。ニコもバーヤーンも、互いに守りたいものがあったと分かれば、無駄に戦うことはしない。バーヤーンは話が分かる魔族らしい。
「憎しみは連鎖する。誰かが断ち切らないと、というのはお父様の言葉です」
そして、断ち切るのは自分だ、とニコは宣言する。
「きみのように、家族を亡くして悲しむ魔族が増えない世界にしたい」
そうニコは言うと、突然バーヤーンがニコの手首を掴んだ。ビックリして足を止め振り返ると、思ったより真剣な眼差しの彼がいる。
ドキッとしている間に、バーヤーンの顔が近付いた。こんなところでなぜ顔を近付ける必要があるんだ、と内心慌てていると横から呼ばれ、彼の動きが止まる。
「……父上!」
ニコが振り返ると、バーヤーンは離れてくれた。一体何をするつもりだったのだろう、と思いながら父、リュートに笑顔を向ける。
すると、リュートは素早く何かを投げた。それはバーヤーンのそばの壁に刺さり、びぃぃぃん、と音を立てて止まる。見ると、ペンだった。
「【侵入者】ですね、ニコ」
「いえっ、このひとは僕が個人的に雇おうとしている世話係です」
「……ふぅん?」
なぜかリュートはバーヤーンを上から下まで品定めをするように眺める。父の珍しく不躾な態度に、ニコは肝がヒヤリと冷えた。滅多に怒らない父が、どうしてこんなにも不機嫌を露にしているのだろう、と。
「世話係、ですか……」
「名はバーヤーンと言います。いずれ魔王様の元で働きたいと」
「……そうですか。それにしても、とても主人に対する態度ではありませんでしたねぇ」
「……あ?」
そう言いながらリュートはにこやかにバーヤーンを見る。顔は笑っているけれど、リュートは全開でバーヤーンに敵意を向けていた。一体なぜ?
そしてバーヤーンも、リュートの態度に思うことがあったようだ。いきなりペンで攻撃されては仕方ないけれど、元々喧嘩っ早い彼だ、不機嫌に聞き返している。
「王族に仕えるという名誉ある仕事は、貴方では持て余すのでは、と思うんですよ」
「ち、父上っ、彼はとても強いのです。護衛としては優秀ですよっ」
なぜだか知らないけれど、リュートとバーヤーンの間に火花が散っている気がする。ニコは慌ててなだめるけれど、効果はない。
「ニコ、ちょっとこちらへ」
リュートがニコの腕を引っ張り、バーヤーンから引き離す。そして十分バーヤーンから離れた場所で、耳打ちした。
「……本当に、世話係ですか?」
「本当です。父上もここのところ、僕の飢えが酷いのはご存知でしょう?」
「本当に世話係なんですね?」
なぜここまで念を押して聞いてくるのだろう、とニコはリュートを見上げた。
「だからそうだと……逆に何だと思ったんですか?」
「あ、いえ……別に……」
先程からリュートの態度がおかしい。バーヤーンをここまで警戒するにしても、いつもの彼ならきちんと聞いてくるのに。するとリュートはニコから視線を外した。そして「絶対認めません」と小声で呟いている。
「父上……ただ契約で一緒にいるだけです。魔王様に仕える足掛かりになればと、その条件で」
「きみ、背が高いねぇ」
すると背後でのんびりとした高めの声が聞こえた。振り返るとショウがバーヤーンと話している。
「お父様!」
ニコはショウに駆け寄ると、ショウはニコニコと笑っていた。
「はい、今日から雇おうと思って連れてきました。バーヤーンと言います」
「そっかぁ。……ふふ、このひとが殺さずに済んだひと?」
「ええまぁ。彼はとても野心があり、魔王様に仕えたいと」
ニコの説明にショウはニコニコ笑顔を崩さなかった。しかしショウの元へ来たリュートは苦い顔だ。
ところが、次に発したショウの言葉でニコは固まってしまう。
「ニコにもついに彼氏ができたんだねぇ」
「え?」
「ぐ……っ」
聞き返したニコに続いて呻いたのはリュートだ。どうしてリュートが呻くのかと思ったけれど、それどころじゃない。自分の想いはバーヤーンにバレてはいけないのだ。これは訂正しないと。
「ち、違いますっ。相性がいいから、そばに置いてるだけですよ」
「そうなの?」
マイペースなショウは、小首をかしげてバーヤーンを見た。バーヤーンは「はい」とだけ答える。発言する許可を得るまで黙っているとは、やはり彼は魔族として優秀だ。
「そっかぁ」
眉を下げるショウは、何だか残念そうだ。しかもショウの隣で胸を押えているリュートも気になる。ニコは立ち話もなんだし、続きはお茶でもしながら、と促すと、四人は外のテラスへ歩き出した。
ともだちにシェアしよう!