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第30話 あのひとは苦手です
次の日、起きたらバーヤーンは既にいなかった。朝イチで城へ向かうことになっていたから、起こさずに出ていったのだろう。
「活躍できるといいですね……」
そう思ってベッドから降りる。いつもの詰襟の黒服を着て支度をし朝食を食べ、いつものように屋敷を出た。昨夜のバーヤーンの肌の温もりを思い出して切なくなったけれど、彼のためだと自分を奮い立たせ、門扉を出る。
今頃彼は、魔王様にこき使われてるんだろうか。人使いの荒い魔王様のことだから、早速あれこれ言いつけているのかもしれない、とニコは走り出した。
「……ダメだダメだ。彼は魔王様に仕えることを望んでいたんです。僕のわがままで引き戻すなど、考えてはいけません」
だんだん田畑や草木が多くなっていく景色を見ながら、口に出して自分の意志を確認する。いくら嫌だと思っても、世継ぎを産むのは絶対だ。産まれるか分からないバーヤーンとの子供を待つ訳にはいかないだろう。その確率の低さは、ニコという存在が表している。
「僕はわがままなんです。バーヤーンを一番に守りたいですが、弱い魔族も守りたいんです」
どちらかを取れというのなら、ニコは弱い魔族を取る。だって、バーヤーンは強いから。彼らを守った結果、魔界が栄えるならニコに迷う余地はない。バーヤーンは、一人でも生きていける強さがあるのだから。
意外にも、バーヤーンは頭もよかった。他の生徒と混ざって勉強を教えたりしていたけれど、そのやり方も丁寧だった。王族に仕えても恥ずかしくない教養と強さを持っているのは、彼も他の生徒から見れば恵まれているのだろう。
(けどそれは、彼が努力していたからだ)
ニコの前ではそんな素振りは見せなかったけれど、一朝一夕で身につくものじゃない。そう思わせるように振舞っても、すぐにボロが出るのがオチだ。
だからこそ、自分ではなく、魔王に仕えるのが相応しい。そう無理やりにでも納得しなければならないのだ。
ふう、とニコは息を吐く。いけない、また彼のことを考えていた、と意識を切り替えると、もう学校の近くまで来ていた。
たったひとり、いないだけで一気に景色が色褪せる。けれど、それを周りに悟られるようじゃ、魔王候補失格だ。
「強くあれ。守るもののために」
ニコが好きな『マンガ』のセリフを呟くと、校門をくぐる。生徒たちが口々に笑顔で挨拶をしてくれて、ニコも笑顔で返した。
「ニコ様、今日はバーヤーン、いないんですか?」
「ええ。僕の担当を外れました。……彼のことを知ってるんですか?」
「何言ってるんですかニコ様、彼は有名ですよ? ニコ様だって、周りから彼のことを知ったんじゃないですか?」
隣に並んで会話をしてくれたのは、目が覚めるようなパッションピンクの髪をマッシュヘアに整えた、男子生徒だ。髪色以外は特徴的なところはないけれど、こんなに目立つ髪色をした生徒なんていたかな、と思う。
「あなた新入生ですか? 僕の記憶には……って、あれ?」
話しかけたつもりで横を見ると、ピンク髪の生徒はいなくなっていた。どこへ行ったんだろう、と探すと、遙か前方で他の生徒と話している。
まあいいか、と思いかけて首を振った。よくない。あまりにも自然に不審者が学校に潜り込んでいる。他の生徒は、目立つ髪色の生徒を疑うことなく、普通に話しているのだ。
ニコも騙されそうになったほどの魔力を持つ魔族は、一人しかいない、魔王だ。一体なぜわざわざこんなことをしているのだろう? 彼は姿かたちを変えることが得意なので、本来の姿でないのは、何か理由があるはずだけれど。
「とりあえず、関わりたくないので放っておきますか……」
そう言ってニコは教室に向かう。誰かが聞いていたら不敬だと卒倒するだろうが、ニコは魔王である祖父が苦手……いや、かなり苦手だ。
バーヤーンと離れたタイミングで現れたのは偶然か? ニコに声を掛けてきたのもわざとなのか、とニコは考える。
ただ一つ言えることは、魔王が自ら出向いて動いているのはただ事じゃない、ということだ。
(お祖父様の動向を監視した方がいいですね……嫌だけど)
はあ、とニコはため息をつくと、ショッキングピンクの髪を探した。けれどもう視界に入る場所にはいない。
(逃げ足が速いですね)
色んな生徒に話を聞いて回っているのは、何か情報を集めているんだろうか?
「憶測ばかりじゃ進みませんね。魔王様が接触した生徒に聞こうにも、記憶を消されていれば意味がない」
そう独り言を言い、ニコは校舎に入った。
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