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第31話 好きなひとは……いました

「ねぇニコ様、ニコ様は好きなひと、いないんですか?」 「……」  あれから数日。あのショッキングピンク髪の魔族……もとい魔王は、連日この姿でやって来ては話しかけてくる。しかもその内容は、ニコの恋愛関係のことばかりだ。正直言って、かなりウザイ。  ニコは閉口した。何が楽しくて祖父と恋バナしないといけないんだ、とウザ絡みしてくる祖父を無視する。 「ニコ様~、教えてくれたっていいじゃないですかぁ」  身体は青年に見えるとはいえ、中身は大の大人だ。そんな彼が、甘えた声で聞いてくるのは気持ち悪い。それが身内なら尚更だ。 「答える義理はありません。それに、僕に選択権はないでしょう? どうしてそんなことを聞くんです?」  ニコは横目で祖父をジロリと睨みながら言うと、彼はニッコリと笑う。あ、絶対よからぬ事を考えているな、とニコは嫌な予感がした。 「真面目ですねぇニコ様は。……生まれた身分によって政略結婚をさせられる運命。けれど実は、愛したひとがいるのです!」  大袈裟に身振り手振りをつけて、嘆く魔王。 「僕は公のひと。自分の感情など、この国を治めるためには邪魔になる。でも抑えられないこの気持ち! ゆえに燃え上がる恋情!!」 「……殴ってもいいですか」 「ぎゃん!」  ニコは魔王をグーで殴った。教室にいるというのに周りはニコたちに無関心で、魔王の魔力が何かしら働いていると分かる。 「酷い……酷いよニコ様……」 「ったく、何しに来てるんですか」  よよよ、と泣く魔王は目的もなくここまで動くひとじゃない。日々の仕事もあるのに、何をしているのか。 「バーヤーン、もらっていい?」  スっと近寄って囁かれた声に、祖父の本当の強さを感じてゾッとした。逆らうものには容赦がない魔王が、わざわざ聞いてくるということは、本気でバーヤーンをそばに置きたいと思ったのだろう。  ニコが無反応でいると、ピンク髪の魔王はクスクスと笑う。 「嫌なら嫌と言っていいんだよ? 何せ我は、孫には目がないんだから」 「……素直にそう言っても、大人しく返してくれる訳じゃないでしょう」 「さすがニコたん、よく分かってるぅ~」  ニコを指さしバチンとウインクした魔王に、ニコはため息をついた。好き放題しているようでいて、実は計算している魔王のことだ、交換条件などないはずがない。 「でも、そのお願いはまた今度にしよっかな」  卒業生受け入れの試験準備や諸々の整備、やらなきゃだし、と言ってピンク髪の魔族はサッと消えた。彼は、ニコが先日折を見て魔王に送った提案書を読んでくれたらしい。そしてその通りに魔王は動くつもりのようだ。  その見返りとなる条件とは何だろう? 考えるだけでも怖い。 「ニコ様、どうかしましたか?」  魔王が離れた途端話しかけられ、ニコは笑って誤魔化した。女子生徒だったその魔族は頬を赤らめ、ニコ様は理想の魔族です、なんて褒められる。  でもこれは、ニコの誘惑が効いているからにすぎない。平和な学校になったのに、なぜ魔王はここに来ていたのか。 (平和と言えば……ここのところムラムラしないな)  ニコの体調もすこぶるよかった。バーヤーンと最後にしてから数日経っているけれど、魔力も安定している。  毎日していたからかと思ったけれど、それならバーヤーンといた時に飢えることはなかったはず。どうしてだろう、と思ってたどり着いた答えに、ニコは顔が熱くなった。  優しく抱かれて、心は苦しかったけれど、気持ちは満たされていたからだ。まさか、こんな単純なことで精気切れを解消できるなんて。ショウが相手を見つけろと言っていたのは、こういうことだったのか、と大きく息を吐いた。  ニコは机に突っ伏す。周りの生徒が心配しているけれど、眠いだけ、と言って誤魔化した。 (お父様は、父上に出会う前まで魔力が不安定だったようですし、お祖母様は、恋多き魔族だったみたいですし……)  この魔界は一夫多妻制も選択できる。性別が入り交じっている夫婦もあるけれど、父や祖母がひとりとしか結婚していないのは、相手がいるからそれで満足なのかもしれない。もちろん、ニコは多くの妻を娶るのも悪くないと思っている。実際自分も、沢山の妻との間に、沢山の子をもうけるのだろうな、と漠然と思っていた。 (でも……)  やはりバーヤーンと一緒にいたいと思っても、彼も同じ考えだとは限らない。  彼は仕事としてニコと寝ていた。最後の一回は肌を重ねるうちに情が移って、お情けで優しくしてくれたのだ。ニコのことを何も思っちゃいないだろう。 (だめだ、やっぱり考えてしまいますね……)  とはいえ、こんなことを考えていては勉強にも支障が出る。ニコは起き上がると、次の授業の準備をした。

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