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第32話 怒り心頭です
「ニコ様! ニコ様ああああ!!」
派手な髪色の魔王がいなくなってから数日後、男女二人の生徒がニコの元へやって来た。とても慌てた様子で、女の子の方は泣いてしまっている。
「どうしました?」
「こ、校庭に『洗礼』の跡が……!」
ニコは素早く、その跡があるという場所に向かった。生徒はみなニコに従うようになっていたのに、どうして、と焦る。
すると、校庭のど真ん中にそれはあった。ニコが学校へ来た時には何もなかったので、登校してからのできごとだと知れる。
倒れた魔族はうつ伏せだったが、大量の血が流れ出ていた。すでに事切れていて、ぬるい風が血の匂いを運んでくる。
「誰がこんなことを……」
「お、俺じゃないですよ!?」
「私じゃありません!」
知らせをくれた生徒たちは追いかけて来ていた。口々に自分じゃないと叫び、こんな悪いことをする奴は処罰しましょう、と言い始める。
「ニコ様が『洗礼』を禁止しているというのに、これは反逆だ! 極刑に値しますよ!」
「そうです! ニコ様、犯人を探しましょう!」
「……ちょっと、黙っててくれますか」
ニコが冷ややかな目を向けると、生徒たちは黙った。彼らの態度が不快に思い、ため息をつくと彼らは「ひっ」と声を上げる。
「……ん?」
倒れていた生徒のそばにしゃがむと、小さな文字が背中に書いてあった。それは特殊な魔法が掛けられていて、一定の魔力がないと読めない仕組みになっている。
【バーヤーンを西へ行かせるな。お前がやっていることは我々の享楽を奪っている。】
どういうことだろう、とニコは思う。けれどこの文字を書いたのは、ここにいる生徒じゃない。彼らはそんなに高い魔力を持っていないからだ。
この文字が指す「お前」とは、誰のことだろう? もし自分のことだとしたら、やっていることというのはおそらく『洗礼』禁止運動を指す。この生徒が殺されているから、ニコの予想は多分合っている。
では、バーヤーンを西へ行かせるなとはどういう意味だろう? 彼はもうニコの世話係を外れ、魔王に使えているはずなのに。
(バーヤーンのことを僕に言っても、仕方がな……)
そこまで思ってハッとした。もしかして、バーヤーンは魔王の命令で西へ向かっているのでは? 魔王に直接言えないから、ニコに言っているのかもしれない。
(西で何かが起きている?)
西と言えば、とニコが生徒を誘惑しようとした時を思い出した。王族に取り入ったなどと言って、バーヤーンをバカにした生徒がいたな、と。
(僕は、これ以上好きにならないようにと、バーヤーンのことは詳しく聞きませんでした)
それがいま、仇となって返ってきている気がして、悔しさにグッと拳を握る。
「に、ニコ様、早く犯人を……」
考え込んでいたニコに、そう促した生徒をニコは睨む。生徒たちは「ひっ」とまた悲鳴を上げた。
「……この生徒が殺される場面を、見ましたか?」
「いっ、いいえ!」
「ではなぜ、『洗礼』だったと分かるのです?」
「そ、それは! 血を流して倒れてるから!」
男子生徒はガタガタ震えながら答える。女子生徒はまた泣いてばかりで話すどころじゃない。魔力を使って聞き出しているにも関わらず、怪しい答えは出てこないので、本当に何も知らないのだとニコは判断した。
(では、このメッセージを伝えるためだけに殺されてしまったのですね……かわいそうに)
ニコはその生徒を担ぐと、屋敷に帰ることにする。
「に、ニコ様……」
「あなたたち、それでも魔族ですか? 僕が『洗礼』を禁止する前まで、どうやって学校で過ごしていたんです?」
「……」
強い者に迎合するのは手段の一つで否定はしない。けれど結局、媚びへつらうばかりでは、強くはなれない。全面的に寄り掛かるでなく、ちゃんと自分の足で立って、その上で頼って欲しいと諭した。守りたいものがあるのなら。
ニコがそう言うと、男子生徒は真面目な顔をして頷く。まだ怯えて手足が震えているけれど、泣いていた女子生徒の手を力強く握った。どうやら、彼には守りたいものがあるらしい。
彼らと別れ、ニコは屋敷へと走る。帰って調べたいこと、訊きたいことがあった。
「あなたの命、無駄にはしません……」
屋敷に着くと、ニコはまず生徒の遺体を調べる。文字を書いた魔族が誰なのか、検討をつけるためだ。文字に特徴が出るように、魔力にも特徴が出る。バーヤーンが祖母とショウとニコの香りが違うと言ったように、ちゃんと調べれば分かるはずだ、と。
しかしやはり精巧に隠されていて犯人は分からない。ここまでの細工ができるのは、やはり高い魔力を持っている者だろう。
ニコはその遺体を使用人に埋葬するよう命じ、次にショウの元へと向かう。けれどタイミング悪く彼はつかまらず、先に嫌だけど──ものすごく嫌だけど魔王の元へ行くため城に向かった。バーヤーンが、今どこで何をしているかを聞くためだ。
ニコは怒っていた。命を奪っておいて、何が享楽だ。文字を書いた魔族には、命をオモチャにした相応の罰を科さなければ。
そう思って、魔王がいる執務室への扉を開いた。
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