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第33話 決意しました

「魔王様、お話があります」  ニコは勢いよく扉を開け、部屋の主の許可もなくズカズカと中へ入っていく。中には一魔族が寝られるほどの大きな机があり、魔王はその机に向かっていた。  その姿はショッキングピンクの髪ではなくサラサラの黒髪で、スラッとした顔立ちだ。本当に、ニコを少し大人びた感じにした容姿で、とても孫がいるとは思えないほど若々しい。彼はニコが初めて見るほど真剣に、机の書類に目を通している。  魔王はニコをみとめると、急に目尻を下げ、鼻の下を伸ばした。 「ニコたん! ニコたんから会いに来てくれるなんて初めてじゃない!? なになに!? 今日はドラゴンでも降るの!?」  数日前に会っていたのにも関わらずこの喜びよう。席を立って両手を広げ近付いてきた魔王に、ニコは容赦なくみぞおちに拳を入れる。 「うぐ!」 「抱きつくの禁止、顔ペロペロも禁止だと言ったでしょう」 「ああん、ニコたん……。だって、ニコたん世界一かわいいんだもん、もっと叩いて~」  どうやら祖父は相変わらずの変態のようだ、とニコはため息をつき、いいから答えてください、と睨む。  ニコがインキュバスなのに、パーソナルスペースが広いのは間違いなく祖父が原因だ。あまりにもかわいいからと顔中舐められ食まれ、キスをされまくってギャン泣きした幼い頃の記憶は、見事にニコのトラウマになった。しかも厄介なことに、この祖父は反抗するほど嬉しそうにするドMだ。  近くに側近がいたが、彼はニコと魔王の関係を知っているので何も言わない。 「バーヤーンは今、どこで何をしてます?」 「なぁに? ニコたん、バーヤーンを取り返しに来たの?」  諦めずに抱きつこうとしてくる魔王を足で蹴りながら、ニコは訊ねる。すると魔王は動きを止めて、ニヤニヤしながらそう言った。ニコのこめかみに青筋が立つ。ものすごく不愉快だ。 「学校で『洗礼』された者の遺体に、バーヤーンを西に行かせるなと書いてありました。それと、僕の『洗礼』禁止運動は、何者かの享楽を奪っているらしいと」 「ああそう、まだ懲りてなかったんだねやっぱり」  魔王は笑顔のままニコの足元、床に寝そべった。そしてニコの足を持ち上げ、ニコに身体を踏みつけさせるように乗せる。ニコにはそんな変態性はないので足を退けようとしたけれど、魔王はガッチリとニコの足を抱えて離さなかった。  ニコは眉間に皺を寄せる。 「やっぱりって何ですか」 「ショウが学校に通った頃から、変な習慣が学校にできたのは知ってたよ。王族を殴ることができたら、単位がもらえるって話」 「……は?」  耳を疑ったニコは思わず魔王を踏みつけた。魔王は嬉しそうに笑う。 「魔族なら強さを示せだって。ショウが反撃しなかったのは自分が手を上げたら、その子らは更に酷い目に遭わされるって」 「……」  ニコは怒りで言葉が出なかった。それをけしかけた奴らはショウが学校に通った頃にいて、先程の魔王の言葉から、まだいると知れる。となれば、犯人は長く学校にいる者──教師だ。 「今回の【賭け】は誰が西の領主を殺せるか、だって。酷いよね、我が認めた領主を寄ってたかって倒そうだなんて」  そう言いながらも魔王はどこか楽しげだ。その神経が分からずニコは魔王を睨みつけると、いい顔、と魔王は笑う。 「享楽って……そのことだったんですか……」  大規模な争いごとの種を蒔いて、賭け事をするなんて許せない、とニコは声が震えた。そして、そんなことになっているのにも関わらず、傍観している魔王にも腹が立つ。 「ニコ」  魔王は床に寝そべったまま真剣な顔で言った。 「我が行けば直ぐに解決するけど、おおごとになる。ニコは西の領地、いらないかい?」  そこで為政者としてのノウハウを経験すればいい、と言われ、ニコは言葉が出なくなる。  魔王はこのために今まで黙って見ていたのか、と。 「ちなみにー、タブラとかいう女は反政府組織の参謀だった」 「……っ」  元々西には不穏分子が多かったんだよね、と魔王は立ち上がる。 「ニコたんが連れて帰ってくるからどうしようかと思ったよ。ま、これも勉強だと思っていたら、いなくなって万々歳」  前に、タブラがバーヤーンの弟に手を出そうとしたと聞いた時、ニコは信じたくなかった。けれど魔王からも不穏分子だったと告げられ、ニコは唇を噛む。  本当に、自分は甘かったのだな、と。そして、バーヤーンの正体も予想がついてきた。  彼はおそらく西の領主の息子だ。そして、揉め事を鎮めるために魔王の手を借り、西へ……故郷に向かったのだ。成り上がって王族のツテが欲しかったのは、そのためだったのだと。 「ニコ」  もう一度、魔王はニコの名を呼ぶ。愛称ではなく、真面目な話として魔王は改めてニコに聞いてきた。 「バーヤーンと西の領地、いらない?」 「……」  ニコは唇を噛む。バーヤーンは魔王に仕えたいと言っていた。ニコの私情で、彼を自分のそばに置いてはいけない。  何も言わないニコに、魔王は笑った。強情だねぇ、と言っているから、ニコの気持ちも見透かしているのだと思う。 「いいこと教えてあげようか」  魔王は身をかがめて、ニコと視線を合わせた。その視線は柔らかく、孫を想う祖父そのものだ。 「我が引退したらどうする? ってバーヤーンに聞いたら、俺は【魔王様】に仕えるためにここにいますって言ってたよ」  この意味分かるよね、と祖父はニコの頭を撫でる。  ニコはかあっと顔が熱くなった。祖父が魔王でなくなった時、次の魔王はニコだ。バーヤーンは祖父が引退した後、祖父ではなく【魔王】に仕えたいと言っている。つまり……。 「てっきり、僕の誘惑に付き合っているだけかと……!」  視界が滲んだ。最後に抱かれた時、好きなようにさせてくれと言っていたのは、本当に彼の本音だったんだなと思うと、涙が止まらなくなる。 「ニコ、どうしたい?」  魔王が優しい声で尋ねてきた。そんなの、答えは決まっている、とニコは袖で涙を拭き、魔王を真っ直ぐ見る。 「バーヤーンの手伝いに行きます。その前に、この争いごとの種を蒔いた奴らを……」 「それは我に任せてくれないかな。ショウに続いてニコたんにも悲しい思いをさせた。今度こそ我は見逃したくない」  瞳に鋭い光を宿した魔王はそう言ってニッコリと笑った。やはり、魔王も家族のことになると容赦がなくなるらしい。ニコは頷くとすぐに部屋を出て、出発の準備をした。

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