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第34話 西へ向かいます
「ニコ!」
「……お父様」
ニコが出発の準備をしていると、ショウがニコの元へやって来た。もう話を聞きつけたのか、と思うけれど、心配して来てくれたのだから嫌な気はしない。
「……ん? あれ? 父上?」
ニコは遠くの陰からこちらを窺うリュートを見つける。リュートはニコと目線が合うと、サッと物陰に隠れてしまった。
ああ、あれね、とショウは苦笑する。
「寂しいんだよ。ニコがほかの魔族に取られちゃうのが」
「取られちゃうって……」
確かバーヤーンがここに来た日もそんな態度だったリュート。ニコはリュートと話をするためにそちらへ向かった。
「父上」
「……なんです?」
物陰を覗くと、観念したらしいリュートがため息をついて振り向く。
「西へ行ってきます」
「……」
ニコの言葉にリュートは何も言わなかった。付いてきていたショウが隣で苦笑している。
「子離れしなよ、リュート」
ショウにそう言われ、リュートはため息をついた。ニコは分かっている。リュートはただニコを心配して、離れていくことが寂しいだけなのだと。愛されているな、と胸が熱くなった。
リュートは再び大きなため息をつくと、語り出す。
「ニコ、あなたは私たちの大切な宝です。それだけは忘れないでください」
それと、とリュートは続けた。
「けっ、結婚式は……っ、うぅ……っ」
「え、ちょ、父上? 結婚式って、……まだ僕らはそんな関係じゃないですっ」
泣き出してしまったリュートに、ニコは慌てて訂正をする。ショウは「リュートったら、先走っちゃって」と笑っていた。けれど大切な存在であることは間違いない。それは改めてきちんと両親に伝えないと。
「……ですが、僕らはちゃんとお互いの気持ちを伝えていません。それも含めて、西での騒ぎを収めてきますので」
そうニコは言うと、ショウは嬉しそうに笑い、リュートは複雑そうな顔をした。彼は唇を尖らせて、泣かされたらすぐに帰って来なさい、と言うので、ニコは苦笑して頷く。
「魔王様の衛兵も数人行くって聞いてるから大丈夫だと思うけど……気をつけてね」
「はい。……では、いってきます」
ショウの言葉にニコはそう言って荷物を持つと、あとは振り返らずに屋敷を出た。車に乗りこみ走り出すと、あっという間に景色が流れていく。
魔界の車は運転手の魔力を動力に繋いでいる。ここからバーヤーンのいる西へは、五日ほどかかるだろう。
バーヤーン、無事でいてくれ、とニコは願った。魔王の手を借りた彼なら強いのは間違いないけれど、万が一ということもある。それに、巻き込まれた領民も心配だ。しかも、それを賭け事にして楽しんでいる輩がいる。それは領主、ひいてはそれを選んだ魔王を侮辱する行為だ、と怒りが湧く。
(会えたら……きちんと想いを伝えないとですね)
落ち着くまでそれどころじゃないと思うが、ニコが来たら彼はどんな顔をするだろう? 彼は素直じゃないから、引っ込んでろとかは言いそうだ。そしたら、手伝いに来たと言うのだ。今後、西の領地を治める領主の片割れとして。
ニコは逸る気持ちを抑えきれず、何度も外を見ては景色を確認する。不安と焦燥が入り混ざったこのソワソワは、何だか武者震いにも似ていた。
◇◇
予定通りニコたちは五日後に西の領地へと入る。薄々感じてはいたが土地は荒らされており、平民の魔族は逃げていなくなっているようだ。ニコがいた中央とは少し植物が違っていたが、ここも元はのどかな風景だったのだろうな、と思う。
しばらく進むと家が目立ち始めた。しかしそれも破壊されたものが多く、殆どは燃やされ住んでいる様子はない。
「ニコ様!」
すると、正面から一人の魔族がやってきた。味方の伝令係らしい。
「状況は?」
「住民はほぼ避難しております。少し行った先で反政府組織と戦闘中。バーヤーン様が先陣を切って下さってます」
ニコは足を進めながらバーヤーンたちの様子を聞く。どうやらこの辺りに隠れていた反政府組織を殲滅すれば、鎮圧成功らしい。
ニコは周りを見渡した。まだ燻っている箇所もあるのか、煙が立ち上っている。これを見て楽しんでいる奴らがいると思うと、腸が煮えくり返りそうだった。
足を進めれば進めるほど、血なまぐさい臭いと焦げた臭いが濃くなる。ニコは腹に力を込めて、できる限り大声で叫んだ。
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