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 純白の産着にくるまれた天使が、頬に涙のあとを残したまま穏やかな寝息を立て始めると、夕貴はホッと胸を撫で下ろしながら不安そうに見守っていた宏海に微笑みかけた。 「――お前に似てる。悔しいけど」  栗色の髪に重たげな目元、まだ輪郭はハッキリとはしていないが、間違いなく優秀な宏海の血を受け継いだアルファ性の天使。その身体は小さくて夕貴の腕にすっぽりと収まっている。  数時間前、夕貴は長い陣痛を乗り越えて男の子を出産した。  初孫の誕生に歓喜する両親たちを部屋から追い出し、やっと二人きりになったことを悟ってか、天使はそれまでの泣き声が嘘のように静かに眠ってしまった。 「お疲れさま……夕貴」  最愛のパートナーである宏海から労いのキスを受け、夕貴は少し照れたように笑った。 「まだ実感ない……。この子が俺たちの子だなんて、信じられない」 「夢じゃないぞ。二人の愛の結晶だ」  夕貴は天使をベビーベッドにそっと横たえると、乱れたままの髪を掌で撫でつけながら俯いた。 「なあ、宏海。あの時、お前には分かっていたんだろ?」 「何のことだ?」  指先で天使の柔らかな頬に触れていた宏海がゆっくりと顔を上げた。  十ヶ月前。夕貴の妊娠にいち早く気づいたのは宏海の方だった。  彼が感じていた嬉しい予感――。その時、あえて賭けをしようと言い出した宏海には絶対的な自信があったのだろう。それが一体どこからきているのか不思議でならなかった。 「――どうして妊娠してるって、分かったんだ?」 「匂い……かな」 「それだけじゃないだろ?」  宏海はベッドの端に浅く腰掛けて、訝るように見つめる夕貴を諭すように頬に手を添えた。  そして顔を傾けると、噤んだままの夕貴の唇を開かせるように唇を重ねた。 「誤魔化すな」  何度も啄みながらキスを繰り返す宏海の端正な顔をすぐそばで感じながら、夕貴は忍び込んできた彼の舌先に自身の舌を絡ませた。  今までも、一日に何度も繰り返されてきたキス。飽くことなく夕貴を求めるように重ねられる宏海の唇が柔らかな弧を描いた。 「夕貴の下腹に触れた時、声が聞こえたんだ。正確に言えば感じたと言った方がいいかな」 「え?」 「魂を分かつ、小さな声……」  夕貴はまだ膨らみを残したままの自身の下腹に視線を落としながらわずかに首を傾けた。 「俺には聞こえなかった」 「ママを驚かそうって……。俺とこの子が企てた初めてのサプライズ」 「なんだよ、それ」  チュッと音を立てて離れた宏海の唇を名残惜しそうに見つめ、唇をわずかに尖らせた夕貴が眉根を寄せた。そんな夕貴を宥めるかのように宏海は細い背中に両手を回すと、不意に強く抱きしめた。  密着した肌に宏海の熱を感じ、夕貴は顔が熱くなるのを感じた。 「おい……っ」  宏海は夕貴の耳朶を甘噛みながら喉の奥で笑った。 「こわくないよ……そう聞こえた。俺たちは見えない何かに怯えていたんだ。自分では気づいていなかった……子を成すことへの不安をね」  不妊の原因を、周囲からのプレッシャーや宏海との関係だと思い込んでいた夕貴だったが、宏海のその言葉にはっと息を呑んだ。  もし子供が生まれたら、男である自分にちゃんと育てられるのだろうか……そんな不安が何度か夕貴の頭を過ったことがあった。しかし、子を望む声は日増しに強くなる一方で、夕貴は心の声を曝け出すことを躊躇った。  そう――すぐそばにいる宏海にさえも。 「男が出産し、子を育てる……。不安しかないのは俺も同じだ。でも、できるんだよ……二人なら怖くない」 「宏海……」 「その声を聞いて肩の荷が下りた気がしたんだ。何を恐れていたんだろうって……。この子は俺たちに踏み出す勇気をくれた。今度は俺たちがこの子に最高の人生をあげる番だ。それにはね夕貴……お前が一緒じゃないと意味がないんだよ」  宏海の声音はいつも以上に優しかった。その声に夕貴の心が大きく震え、大粒の涙となって頬を伝った。  夕貴を抱きしめる宏海の手に力がこもる。宏海の胸に顔を埋めたまま肩を震わせた夕貴は何度も頷いた。  何物にも代えられない愛情。それがすべての確信に繋がった時、新しい時間が動き始める。 「一緒に……生きよう」  ギュッと握られたままの小さな手の中にある未来。それが眩い光を放ちながら大きく育っていく。  その日を待ち望むのは、魂で結ばれた最愛の家族。  運命が導くまま、共に――。                                           (終)

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