「……幸せ、ね」 　アカが噛みしめるように言った。 　少し空気が和らいだ気がする。 「どんな状況が幸せなんだろうな」 　難しい疑問だ。 　いや、質問か。 　俺は類沢を思い浮かべずにはいられなかった。 　彼が来る前を思い出しつつ。 　しばらくして、アカが尋ねる。 「有紗にとっての幸せは、類沢と付き合うことなの？」 　嫌みじゃない。 　皮肉でもない。 　純粋な問いかけ。 　有紗もそれを汲み取り、困惑する。 「えと……」 「類沢のどこがいいの？」 　俺はつい口調を荒げてしまった。 　だって天敵だ。 　好きだという目線を知ってみたい。 　反吐が出るかもしれないが。 「雰囲気」 　有紗は即答した。 「雰囲気？」 「そう。あの、妖艶だけど切ない雰囲気かな」 　妖艶で切ない。 　なるほど、的を射てる。 「それを求めてどうする……」 　アカは呆れ顔で突っ込む。 「わかんないけど」 　わかんないか。 　好きになるってそんなもんだろうな。 「あんたたちは……その、圭吾のことも含めてだろうけどセンセが嫌いなんだよ、ね？」 「嫌いだね」 「大嫌い」 　アカの大嫌いが何だか可笑しく聞こえた。 「なんで？」 　有紗は真っ直ぐ返した。 　なんで？ 　そんなの俺が訊きたい。 　なんで、俺なの。 　なんで、あいつに犯されたの。 　なんで、保健室が休まる場所じゃねえの。 　しかし、有紗には何故か言えない。 「……もし、もしだよ」 　有紗は圭吾と付き合ってる頃の初々しさを見せた。 「私が類沢のこと好きで居続けたら……圭吾に憎まれちゃうのかなあぁ？」 　なんで泣くんだよ。 　ポロポロ泣き出す有紗に、アカと目を合わせて当惑する。 「そんなの俺らに言うことじゃないだろ」 　自分がレイプされた男を友人が好きだと告白する。 　そんな状況。 　笑えない。 　俺は拳を握り締めた。 　境界がある。 　どんなに和やかに話していても、ある一点で空気が変わる。 　そこは踏み入っちゃいけない。 　今がそこだ。 「圭吾に相談しなよ」 　アカがハンカチを渡した。 　無造作に。 「帰るか」