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立たされた境地06

 カチカチ。  秒針が走っている。  無言のまま、何秒も。  類沢の家に入って、リビングのソファーに腰掛けて。  それから止まったまま。  類沢は、呆然としているようにも、何か考えているようにも見えた。  あの男は誰ですか。  なにかあったんですか。  訊きたい。  類沢先生。  あれは、誰ですか。  なんで名前で呼ぶんですか。 「先生」  唇が乾いている。  長い沈黙で、空気も。  類沢はフッと我に返ったように、煙草を取り出した。  ライターが音を立て、きな臭さが漂う。  父さんだ。  突然父の姿が重なった。  灰皿に灰を落とす仕草とか。  母さんがそれをいつも片付けていたこととか。 「夕飯作る?」  俺じゃなくて、宙を見て云った。  昼から食べてないから、お腹は空いていた。  けど、首を振る。  食欲がない。  体は不満をぶつけてくるが、押しとどめる。 「西雅樹……」 「はい?」  類沢は低い声で続けた。 「さっきの青年の名前だよ」 「ああ。そうでしたか」  次になんて言おう。  親戚ですか。  知り合いですか。  誰なんですか。  詮索ばかり。  この幼稚な脳にイラつく。  思い浮かばないんだ。  それ以外。  はっとする。  類沢は孤児院で育った。  親戚などいるはずがない。  くだらないことを訊かなくて良かった。  なら……誰だ。  沈黙がうねる。  ゾワゾワと不快な気分。  スッキリさせたいのに。  その方法がわからない。 「大したことじゃないよ」  類沢は俺を見つめた。 「大したことじゃない」  言い聞かせるように、反復して。  なら、なんでそんな複雑な顔をしているんですか。  納得いかない心を鎮めて、そうですか、と相づちを打った。

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