200 / 238

晒された命16

 彼が貴方に殺意を抱いたように、私もいつかは狂うのでしょう。  そう思うと、随分空っぽで。 「雅のことが、好きなのね」  弦宮は穏やかな声で言った。  問うようにではなく、確かめるように。  だから有紗も素直に頷いた。 「アナタは……」  カチカチ。  時計が鳴る。 「どこに惹かれたの?」 「へ?」  ハンカチを握り締めてキョトンとする少女が可愛らしく思えた。  彼女は自分が雅に出会った時よりも若いのだな、と実感して。 「私はね――」  私はね。  あの眼が最初だったわ。  小学生の癖して、嫌に醒めきっていた。  遊具ではしゃぐことも、絵本に夢中になることもなく、いつも施設のカレンダーを眺めて、裏の菜園に座っていた。  世界の写真は大好きだったわね。  建物より、渓谷とか。  自然が好きで、飼育も手伝ってくれた。  中学に入ると、突然大人びてきて、近寄りがたくなった。  その雰囲気に目を奪われるの。  長い髪に隠れた顔の下では、本当の思いはわからない。  同年代から浮いていた。  この頃から喧嘩が耐えなくなっていたのよね。  高校では怪我が消えた。  喧嘩がなくなった訳ではなくて、無傷で勝つようになってしまった。  止めるべきだったかもしれない。  でも私はね、拳を振るう雅も好きだったから出来なかった。 「……弦宮さんは、先生とはどういうご関係ですか?」  遠い目をして、彼女は答えた。 「母、かしら。母以上の存在にはなれなかった存在よ」 「そうですか。私は、生徒以上にはなれなかった存在ですよ」  えへへと笑いながら泣く有紗を弦宮は抱き締めた。  わんわん泣いてもいい。  女は泣く生き物なのだから。 「せんせは……っ、瑞希が好きなんです……う……私なんて適わないくらいに、好きなんです!」  何を云ったら慰めになるんだろう。  きっとなにもない。 「せんせは……先生辞めたり、しないですよねっ」  弦宮は手に力を入れて、それから玄関を向いた。  低い声で、囁く。 「辞めたりなんか、させないわ」  雅は幸せものね。  こんなに愛してくれる人がいて。  それから不幸ものね。  こんなに愛してくれる人を選べないなんて。  そんなことより、私は随分滑稽な生き物ね。  時刻は十時。  まだ、帰って来ないつもり。  雅。

ともだちにシェアしよう!