210 / 238

晒された命26

「責任とって弁償しなよ」 「海外から取り寄せられませんよ。家具マニアなんですから」  ははは、と空笑いをする。  風が吹いて、玄関の扉が閉まった。  暗くなる視界。 「落ち着いた?」 「麻痺しただけです」  悲しい響き。  まあ、そうだろう。  瑞希は今も、病室で眠っているのだから。 「宮内って、家族いないんですか」 「なんで?」 「家に誰もいなかったし、先生の家に泊まってるんですよね」  類沢は深く溜め息を吐いた。 「あのバスの落下事故で両親を亡くした。妹は実家に住んでる」  空気が重くなる。  過去が忍び寄るように。  あの現場のきな臭さが漂うように。 「お前と一緒だよ」  雅樹が離れ、扉の前で足を抱える。  虚ろな眼で。 「……河南ですか」  類沢は返事をせずに起き上がり、リビングへ歩いた。  破片を避け、キッチンに向かう。  カップを二つ取り、珈琲を淹れて玄関に戻る。 「飲まず食わずでしょ」 「ありがとうございます」  だが、雅樹は口を付けなかった。  波面を見つめている。  暫くして前のめりになると、頭をかきむしりながら呻いた。 「あ……ぅあああ」  類沢はカップを置き、その背中に触れようとした。 「ああああっ! 俺って救いようの無い屑ですね先生!」 「……え?」  雅樹が瞳孔の開いた眼をさまよわせる。 「こんな、こんな時すら……宮内が死んだら先生っ……先生が帰って来るんじゃないかって」  無音。  何もかもが息を潜める。  雅樹の声だけが聞こえる。 「昨日、宮内を刺した瞬間から、ずっと! ずっと……チャンスだって、これで良かったって……囁くんですよ。ナニかが頭ん中で延々と……煩い。煩い。煩いんですっ、でも消えなくて……だって、やっぱりチャンスなんですから。俺は、人を殺してまで先生に離れて欲しくなくて」  スキダカラ。 「先生、俺は……俺はどうしたらっ……っ」 「ごめんね」  雅樹が硬直する。 「ごめんね、雅樹」  機械のように、ぎこちなく首を振る。  否定するように。  でも、耳は塞げないから、雅樹はただ身を守るために脚を引き寄せる。 「愛せなくて、ごめんね」 「違う……違う!」 「答えられなくて、ごめんね」 「やめてください……」 「今は」 「やめてくださいよっ!」  ガチャン。  カップが割れて、黒い液体が広がる。

ともだちにシェアしよう!