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一周してわかること20
「忍。もう元気?」
夕食が終わってから拓がそう切り出した。
「ああ。大丈夫だぞ」
「じゃあさ……」
拓が持ってきたリュックの中をごそごそといじる。
「ん?」
そして、色鮮やかな袋を取り出した。
それを俺に突きつける。
「花火! しようぜ」
旅館から少し離れたところに石の更地があった。
女将に事情を説明してバケツを借りた。
打ち上げさえしなければという条件付きで。
「蝋燭なんかすげえ」
真っ赤な円柱状の蝋燭を眺める。
火をつけると拓が冗談ぽく言った。
「SMの蝋燭みたいじゃね?」
「垂らしてやろうか」
「後でゆっくりおねがいしますっ」
「馬鹿が」
数分も遊んでいると変なことをやりたくなってくる。
二刀流や十本一気とか。
ぐるぐる振り回したりとか。
けど最後にはやっぱり線香花火に落ち着くのな、人って。
パチパチと弾ける光をお互いしゃがんで見つめる。
「あっという間だな、二人なのに」
「もっと買えばよかったー」
三本目に来た時だ。
話はなんとなく家族のことになった。
「忍は卒業したらどうすんだ」
「ババアとは縁切るからな……大学にはいかないで就職する。一応コネは貸してやるって言われたけど」
「忍の母さんって何やってんの」
ボタリと先端が落ちる。
俺は四本目を蝋燭に翳した。
「ヒモみたいなもん。何十って男と寝て。まあすげえのはその殆どと体の関係絶っても縁を続けてるとこなんだよな。中には組合関係の黒い連中もいてさ。結構なんでも言うこと聞いてくれるらしくて」
そこで俺は真実を言おうか迷った。
けど、あれは忘れた記憶を呼び戻すことしかできない。
それを望みたいとも思わない。
「拓の母さんは? 容態どうなんだ」
ジュッとバケツの中で消えた花火の火種が最後の煙を上げる。
「うん……実はもう治んないらしいんだ」
手から花火が零れ落ちた。
石の隙間でオレンジの光を発する。
俺は静かにそこから拓に視線を移した。
何か言おうとしても思いつかない。
拓はオレンジの微弱な光に照らされて、無表情だった。
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