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郷に入ればホストに従え02

 目覚ましが鳴る。  止めてから、瞬き三回で現実を思い出した。  友人が代わりに入ってくれるらしいから、店長にはそれを説明して辞めさせてもらった。  退職金も何もない。  そんなもんだ。  ただ、親しい仲間は寂しくなる、と言葉をかけてくれた。  ホストクラブで、こんな仲間が出来るだろうか。  そんな想像できない。  服に迷ったが、結局シンプルなTシャツとジーンズでシエラに向かう。  まだ十時。  開いているんだろうか。  灯りのない入り口でウロウロしていると、中から罵声が聞こえてきた。 「お前のミスで恥かかされたじゃねーか! 昨日は太客だったんだぞ」 「……で、でも晃さん。昨日は客の方からぶつかって来て」 「言い訳はいらねぇんだよ……順位落ちたら追放するからな」 「そんなっ」  あれ。  この話って、まさか…… 「おはよ」  びくりと飛び上がった肩に、優しく手を置かれる。  振り向くと、背広にコートを羽織った類沢が立っていた。  サングラスの所為か、表情が読めない。 「お、おはようございます」 「あはは、何その私服。全部変えないとね」  まるでスターか芸能人のようなオーラを放つ類沢に気兼ねしつつ、後をついていくと車があった。  スタイリッシュで、素人目にも高い車だとわかる美しい車体。 「……ポルシェ?」 「さぁね」  類沢は、こいつに言ってもわからないだろうなという顔で運転席に乗った。 「乗りなよ」  助手席の窓が開いて、そう言った。  しかし、助手席に乗ればいいのか、後ろに乗ればいいのかわからない。  苛々したのか類沢は腕を伸ばして助手席を開けた。 「乗りなよ」  さっきより若干ゆっくり低い声で言われた。  乗り込んだ瞬間、酔いそうな位のフレグランスの香りに包まれた。 「……パルハン?」 「パルファンね」  類沢が発進させて可笑しそうに笑う。 「くく、何がそんなに気になるの?」 「あ……いや」 「別にいいけど」  もう無表情に戻っている類沢に、自分だけが慌てているようで焦る。  少し沈黙が続いた後、俺は尋ねた。 「どこに向かってるんですか」 「銀座」 「なんで!」  余りに予想外だったので叫んでしまった。  丁度信号で止まり、類沢はハンドルにもたれてこちらを見つめる。  恥ずかしくなりつつ目を合わせた。 「服、買いに行くよ」

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