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郷に入ればホストに従え13

「……」  お互い額を抑えて悶絶する。  数秒間気まずい沈黙が流れた。 「……随分な挨拶だね」  低い声で類沢が毒づく。  その声が、店での冷たい声と一緒だったので俺は一気に背筋が冷たくなった。 「す、すみません!」  ジンジンする額を擦りながら謝る。  類沢は前髪を掻き分けて、微笑んだ。 「貸し一つね」 「え?」  その笑顔が怖い。 「いつか返してもらうよ」  ぞわ。  寒気。  類沢はキッチンに入り、朝食を作り始めた。 「いつも、自炊なんですか」  香ばしい匂いを漂わせるそこに近づく。 「まあね」  類沢は慣れた手つきでスープとトマトソースを作り、パンを焼いた。  スクランブルエッグにソースを絡め、牛肉を炒める。  胡椒を利かせて、全てをプレートに乗せ持ってきた。 「美味そう……」 「ありがとう」  つい呟いてしまった。  類沢は嬉しそうに笑って、テーブルに置く。 「アールグレイとチャイならどっちが好き?」 「チャイ……?」  首を傾げる俺を見て、彼は溜め息を吐くと棚から紅茶を取り出した。 「アールグレイにするよ」  お前はわかんないだろうけど。  そんな響きで。 「久しぶりだなぁ」 「何がですか?」  朝食を終えて、紅茶を楽しみながら彼が独り言のように云った。 「誰かと朝食」 「女の人とは食べないん」 「食べないよ。作らないし」  遮るように答えられた。 「朝は紅茶飲んで帰らせる」  俺は自分が今座っている席に、何人の女性が座ったか想像する。  同じように紅茶を飲んだのか。  気づくと、類沢が優しい目でじーっと俺を見つめていた。  少し細めたその目が厭らしい。  俺は初めて人の眼を見るのが怖いと思った。  キョロキョロと、目線を逸らしてしまう。 「化粧したら?」 「は?」 「少し、隈が目立つからね」  そういう意味か。  本気で女性として扱われるのかと思ってしまった。 「おいで」  洗面所に連れて行かれる。  壁一面の鏡を前に、俺を真ん中に立たせると引き出しから色々と取り出し並べる。 「化粧の経験は?」 「ない、です」 「ないんだ」  顔を洗って、化粧水をつけ馴染ませるように指示される。  それだけで十分な気もするが。  類沢は薄い色のファンデーションを指で掬うと、両頬につけた。 「全体に広げて」

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