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郷に入ればホストに従え19
「ありがとうございました!」
何人客を見送ったか。
勿論、指名客はそう増えない。
あの蓮花って人だけだ。
シャツのボタンを一つ緩ませ、手洗いに行く。
鏡を見ると、やはり目立つ。
篠田蓮花にも気づかれた。
他の客にも気づかれかねない。
またボタンを戻す。
こんなピッチリ締めてては、客だって来ないだろう。
自分の顔を眺める。
こんな奴と数十万で飲みたいか。
そして類沢を思い浮かべる。
足元にも及ばない。
「お疲れ」
掃除が終わって裏口に向かう途中、篠田が声をかけてきた。
「指名客をとったみたいだな」
「はい……なんとか」
篠田は煙草を吸って、白い息を物憂げに吐く。
「蓮花が選んだのは……お前か」
「はい?」
「いや……捕まえとけよ。云っておくが」
間が空く。
顔を寄せて、篠田は囁いた。
「あの女は強いぞ」
なんたって従姉妹。
よく知る間柄なんだろう。
二人が仲良く話している姿は想像出来ないが。
似てる。
空気が。
「それから、これ」
篠田は小さな名刺を手渡す。
見ると診療所だった。
「うちは水商売だ。嫌な噂で店が傾く。店内抗争なんて面倒は御免だからな。闇医者を何件か抱えてるんだ。特に栗鷹の口の固さは保証する。後で手当てしてこい」
「あ、ありがとうございます」
また一つ知る。
もしかして、あんな嫌がらせもありふれているのか。
それは怖い。
篠田は頷いてから、事務室に戻って行った。
入れ替わりに類沢がコートを羽織ってやってくる。
「待ってたの?」
「まさか」
「まさか?」
類沢の片眉が持ち上がる。
「ああ! いえ、待ってました」
「そう」
じゃ、行こう。
そう言って、彼は俺と共に店を出た。
「動くなって」
「痛いんですもんっ」
「このくらい我慢しなよ」
「無理……ですッッ……いった」
「跡が残るよ」
俺は身を捻りながら、類沢の持つガーゼから逃れようとする。
アルコールを浸したそれは、余りに傷口に沁みる。
「膿んだら困るのは誰?」
口調は優しいが、容赦ない。
冷や汗が流れ、何度も歯を食いしばる。
「もういいでしょ!」
「はいはい。じゃあ、バンド貼るよ」
それだけは、痛くなかった。
「楽になった?」
「少し…」
嘘。
本当は随分動きやすくなった。
本当に。
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