39 / 341

体を売るなら僕に売れ11

 カタン。  ドアに半身をもたれる女性。 「蓮花、さん」 「はじめまして、ですって」  クスクスと笑う。  そう。  俺は失言をいつ撤回しようか考えていた。  余りに店と違う雰囲気に、彼女だとわからなかったのだ。  初の、唯一の指名客を。 「怪我痛そうね」 「大分よくなりましたよ」  蓮花が近づく。  ドアが閉まった。  その途端ビクンと自分が警戒した。  密室だからか。  いや、目の前の女性にか。 「雅に可愛がられてるのね」 「そう見えます?」 「えぇ、羨ましいわ。雅が」 「えっ」 「瑞希を独占してるんだもの」  さらに当惑する。  もう殆ど密着する位蓮花が寄り添っていた。  薔薇のような香りが舞う。  胸が当たる。  危うく反応しそうな自分を押しとどめる。  河南がいるんだぞ。  あのメールを思い出せ。  だが、グルグルする思考を香水がさらにかき乱す。 「試さない?」 「……なにをですか」  蓮花の右手が首筋を撫でる。 「相性よ」  心臓が静まらない。  俺は壁に背中をくっつける。  逃げられない。  蓮花の妖しい瞳が迫る。  黄色?  チラと光る色に緊張してしまう。 「俺……彼女いるんで」  そう避けようとしたが、肩を撫でられただけで脱力してしまう。 「蓮花さん?」 「この後暇?」 「え、いや」  じーっと、獲物を捕らえる目で舐められるような。  ゾワゾワする。  嫌な感じじゃなくて。  なにかを冒してしまいそうな。 「一晩付き合ってくれたら五十万あげる」 「なにいって……」  蓮花は本気だ。  息が詰まる。  なにやってんだ。  早く断れ。  しかし、唾を呑むしかできない。  俺の気持ちを全部読み取ってるんだろう。  楽しそうに待っている。  返事を。 ―寂しいよ―  バッと振り払う。 「やっぱり……ダメです」 「そう」  蓮花は意外にも全くダメージがないように俺の頬にキスをすると出て行った。  まるで、チャンスはまだまだあるとでも言うように。  パタンとドアが閉まる。  乱れたシャツを直しながら、大きく深呼吸する。 「はぁあああ……」  怖かった。  断れないかと思った。  胸をなで下ろし、もう一度口をゆすいでから顔を洗う。  それから鏡を見ると、類沢がいた。 「うわっ」 「話長かったね」  いつから?

ともだちにシェアしよう!