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超絶マッハでヤバい状況です03

「ハイ、マスター。金落としに来たよ~」  カウンターの中でカクテルを作る男が苦く笑い、会釈する。  高校を卒業し、夜の世界に飛び込んでもがいていた頃、この店を見つけた。  雛谷は指定のカウンター席に着く。  紫苑と恵介は必ず一つ離れた場所に座る。  マスターと雛谷の会話をジャマしないように。  そして、お互いの成果を話し合うように。  昔は紫苑と二人で並んでいた。 「親友を取られて寂しいか?」 「別に」  マスターはカラカラと笑った。  それからレモンビールを淹れる。  いつもの、って奴だ。  客は少ない。  けれど、同じ客ばかり。  歌舞伎町で働く男達。  ここは、常連しかいない隠れ家のようなバーなのだ。  薄暗い青の照明。  ウェイターが一人。  マスターが一人。  最小限の人員で機能している。  その無駄の無さが雛谷は好きだった。  ファミレスとかは煩くて仕方ない。  ここは、脳まで静寂が浸透する。  だから、余り人には教えない。  教えたくない。  呼んだのは、隣の二人だけ。 「ねぇ、マスター。類沢の最近の噂はなんかある?」 「なんだ? 珍しいな」 「ちょっとね……」  暫く考え、グラスを磨きながら彼は答えた。 「新入りが一人入ったみたいだが、そいつを優遇しているらしいぞ」 「若い?」 「あぁ。二十歳そこそこの小僧だ。スーツを一緒に新調していたと聞いたが……」 「マスターは顔が広いね」  雛谷自身、髪をどこで切ったか、どこのスーツを着るか、客への花束はどこからいつ仕入れるか、全て知っているマスターに畏敬の念を抱いていた。  カラン。  サイコロが二つテーブルに転がる。  それから、空の黒いグラス。  中は全く見えない。 「半だね」  雛谷はビールを片手に呟く。  マスターはニヤリと笑い、グラスを動かし始めた。  中でサイコロが音を立てる。  端から見れば、手品でお馴染みの芸に見えるかも知れない。  だが、違う。  これは二人の間で毎日交わされる賽子賭博の丁半だ。  賭け金は今夜の飲み代。  勝てばタダ。  負ければ二倍だ。  たった数千円の小さな賭け。  カラカラ。  店内の客が此方を窺う。  雛谷は知っている。  彼らもまた賭けていることを。  音が止まる。  全員が息を呑む。 「……ピンゾロの丁」 「あーあ」  

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