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殺す勇気もない癖に10
「どっち?」
袖を捲りながら尋ねる。
「左に」
類沢は針の先に眼を落とす。
皮膚に押し付けると伝わる冷気。
異物を退ける肌。
「あと二十秒ですよ」
類沢はその声の主ではなく、瑞希を一瞥した。
ぐたりとしたまま動かない瑞希を。
聖も目線を辿る。
「十秒……」
「くくっ」
腕時計から顔をあげる。
「馬鹿だね、聖は」
「何を……」
類沢は笑みを崩さずに針を押し入れた。
その痛みにも表情を変えない。
決して逸らされない視線に耐えられなくなった聖が後ずさる。
カラン。
空になった注射器が跳ねる。
「み、やびさ……ん」
腕を押さえた類沢が身を屈める。
「ナニ……その心配げな顔」
玲が楽しそうに背中を揺らす。
「すげぇよ、あの類沢雅がマジでヤクを打ちやがった。なあ、今どんな気分だ? なあ、類沢さんよ」
「黙ら、せて」
類沢が深く息を吐く。
聖は手で玲を静かにさせた。
倉庫から音が消える。
聞こえるのは類沢の息遣いだけだった。
長い黒髪が揺れる。
眼を見開いて、それから瞑る。
「はぁッッく、あー……やっぱりキツいね。これは」
聖が口を覆う。
首を振りながら。
「これ、瑞希も体験……っ、したんだね……はッ」
類沢の影が崩れた。
片膝を着いた彼に玲が口笛を吹いた。
「死んだら殺すぞ、雅」
「……ははは、わかってるよ春哉」
やりきれなさに篠田は歯を食い縛る。
誰もがぞくぞくとした悪寒を感じていた。
完璧に思われた男が息を荒くして、痙攣している。
それだけで背中が冷たくなる。
犯してはならない禁忌に手を出してしまったかのような。
一番は聖だった。
これまでの冷静さが抜け、少年の如く呆気にとられている。
玲すら固まった。
「ちょっと……ヤバいかも」
額から汗が伝う。
精神力だけで息を落ち着ける。
「もういいだろ、雅」
篠田に手をかざす。
顔は玲を見上げて。
「さっさと、瑞希を……離して」
はね除けるつもりだった。
しかし玲は瑞希を類沢の隣に横たわらせた。
そっと。
震える指で瑞希の髪を掻き分ける。
「おかえり」
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