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どちらかなんて選べない20
顔を見合わせたまま、気まずい沈黙が漂う。
「とりあえず……中に」
中に入って。
前の家主に言うのも些か気が引けたんだろう。
一夜は言葉を切って、道を開けた。
奇妙な緊張とともに足を踏み入れる。
それから眼を疑った。
「嘘、だろ」
まず目に入ったのは傘立て。
それからキッチンの戸棚に暖簾。
隙間から見える部屋の家具。
「一応ね、瑞希のおいていったのは一つもいじってないんだ」
視線に気づいた一夜が顎を掻きながら説明する。
まさに、俺がシエラに行った日のままの部屋がそこにあった。
流石に二人で暮らしているから、大きなソファベッドが増えている。
もともと最低限の家具しかなかったので空間は余っていたようだ。
壁に貼ってあった瑠衣のポスターもそのままだ。
微妙に気恥ずかしくなる。
夕飯の途中だったんだろう。
床には二つのトレイに料理が並んでいた。
肉じゃがと温泉卵。
味噌汁も湯気を立てている。
どっちが作ったのかな。
どうでもいいことを考える。
「それで。なんでこうなったの?」
予想以上に張りつめた声に自分で驚く。
咳払いをして誤魔化すが、やはりプライベート空間に他人がいることへの拒絶反応は簡単には消えない。
「ああ。瑞希が来たってことは、類沢さんも認めているってわけだしな」
「え」
二人が床に座ったので、俺はなんとなくソファに座る。
目線を合わせようと深めに。
「俺たち前までは栗鷹さんの下宿に住んでたんだ」
「診療所の?」
「そう」
記憶では、あの夫妻は医者のはずだが。
「あー、えっと。あの人達シエラと面識が長いからさ。№に入っていないホストが契約するって下宿も経営してんだ」
「マジで?」
三嗣がこくこくと頷く。
「ちゃんと飯も出ますし、風邪引いたら診てくれますし、良い場所ですよ」
「三嗣」
一夜が睨んで話を戻させる。
「で、瑞希がシエラに来た翌日な」
「類沢さんから電話があったんです。今すぐ荷物まとめてこの住所のこの部屋に行けって」
「類沢さんが?」
「夜中だったしさ、鍵もないわけじゃん。そしたら類沢さん……ここの管理人と話はつけたからって、合鍵もらって」
話が早すぎる。
頭の中の整理が追い付かず、眉をしかめた。
「なんで?」
絞り出た一言だ。
一番訊きたかったこと。
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