130 / 341

一体なんの冗談だ11

 白ブラウスに、淡いピンクのティアードスカート。  大学時代に勉強の合間を費やしてバイトで貯めたお金で購入したお気に入りの組み合わせ。  黒い十字のネックレスが揺れ、長い髪に包まれる。 「おはよう、雅」  僕にとっては、その笑顔と共に迎える朝が当たり前だった。  生きてきた十二年間。 「おはよう」  当たり前の幸せだった。  あの朝も、そう信じ込んでいた。  施設を出るのは三年後。  地元の中学に通い始めてから園長と度々面談させられる。  将来について。  麻那自身も何度もその話題を持ち出した。  なんて答えていたかは思い出せない。  はぐらかすように口を動かしただけだから。  興味がなかった。  社会の構造に組み込まれることに。  部屋に貼られた世界の写真を眺めては、自分も建物と同じ無機物であったなら、面倒なことなど考えなくて済むのにとぼんやり思った。 「どこに行きたいの?」  麻那は尋ねる。  その日も。  切符を手渡しながら。  外出許可をとってくれたのは彼女の方だった。  写真に映る教会が舞台となった映画に連れていくと。  見慣れた街から電車に乗って移動する。  都会から離れた駅だから、席を取るのは容易い。  向かい合って座り、窓にもたれて話すのは、ひどく心地好かった。 「どこって?」 「楽園を飛び出したら、雅はどこに行きたいの」  ガラスに耳を当て、眼を瞑る。  重厚な金属音。  世界の揺れる音。  体ごと振動させて来る。 「外に行きたい」  自分だけに聞こえる声で。  しかし、麻那は唇の動きだけでそれを悟った。  もともと、その答えを予想していたのかもしれない。 「じゃあ……今日みたいに、私が連れて行こうか」  外を見ていた蒼い目がゆっくりと彼女に向けられる。  今、なんて。  自分でも気づかないうちに染みだした心の声。  きっと伝わってしまったんだろう。  麻那はふっと笑って手を振った。  その言葉をかき消すように。 「そろそろ着くから、降りましょうか」  電車は軋みながらスピードを落としていく。  がたん……がたん……  緩く開けた唇が、振動に合わせて閉じたり開いたり。  暖かくて明るい陽射しに頬が熱くなっていた。  僕は顔を手で押さえながら、外に降り立った。

ともだちにシェアしよう!