131 / 341
一体なんの冗談だ12
五月蠅い街だった。
限られた空間とは違って、無限に人が飛び出しては背中の方へと消えていく。
会いたくもない他人と肩を擦らせ歩く。
早くも僕は不機嫌だっただろう。
先を歩く麻那の髪を眺めて、足を止めたくなった。
そんな一瞬の気の迷いが、本当に現実にしてしまった。
雑踏に飲み込まれた白いブラウスを見失う。
素早く辺りを見回すが、無表情の知らない顔ばかり。
ザッザッ。
無数の足音。
厭な雑音。
鼻につく体臭。
敏感になった五感が次々不満を訴えてくる。
頭が痛い。
だから、厭なんだ。
中の世界は。
早く外に出たい。
黒いスニーカーを見下ろし、すっと足を踏み出す。
出口という案内に沿って、誰にもぶつからずに歩き出した。
駅から出ること。
まずはそれが目的だった。
眩しい光に目を細める。
コンクリートを反射した熱が足元からウオッと吹いてくる。
じんわりと汗が滲む。
後ろからの大群に飲まれないように、道の端に避難する。
暑い。
鉄筋コンクリートが立ち並ぶ。
都会。
僕にとっては、未知の世界。
ただ、触れてこなかっただけで、こんなにも馴染めない。
不思議と焦燥はない。
帰れないのかなと漠然と想いながら、路地に入っていく。
そうだった。
麻那を探すということすら考えなかった。
ほんの少し、知らない世界を見て回るか。
その程度の気持ち。
気だるくビルを見上げては、信号を好きな方に進む。
腕時計は付けていたから、たまに無意味に時間を確認しては、ため息を吐いた。
案外、つまらない。
日陰に立って喫茶店のガラスにもたれていると、見たことない男が話しかけてきた。
「なにしてんの」
眼だけで反応する。
大人の男。
黒いスーツに、鞄に革靴。
それだけで情報としては十分。
それ以上知る気もないし、関わる意味もない。
無言を貫いていると、男が隣に立つ。
「迷子?」
少し声色が変わった。
馴れ馴れしく。
「ああ、家出?」
五月蠅い。
前髪を掻き上げて、ふいと横を向く。
「返事くらいしてくれてもいいのに」
男が金の腕時計をチャッと鳴らしながら上げる。
「ちょっとだけ遊ばない? 暇なんだ」
僕も時計を確かめる。
十一時五十分。
世間でいう昼休みという存在も、脳には浮かばなかった。
ともだちにシェアしよう!