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一体なんの冗談だ13
「僕は暇じゃないから」
去ろうとした腕を掴まれる。
にっこりと笑う男の笑みが、なぜか影を帯びて見えた。
「キミがここに来てから三十五分。携帯を取り出すでもなく人を探す風もなく、喫茶店に用があるとも待ち合わせとも思えない。大人に嘘は吐かない方がいいよ、家出少年」
眼の下の筋肉に力が入る。
眉間に違和感を感じると思えば、ガラスに映る自分は随分と不快な顔をしていた。
「そんなに睨みつけなくてもいいだろ」
「……鬱陶しい」
バッと腕を払う。
手刀を立てて、下に。
男が一瞬目を見開いて、笑い出した。
「喧嘩慣れしてるよね、キミ」
「だったらナニ」
身長差は二十センチほどだろうか。
男の手も、脚もなにもかも自分よりは強力。
だからといって不安に思うことは何もなかった。
喧嘩に負けたことがない僕は、どの手でこられても迎え撃つ体勢でいた。
「警戒むきだしだな。あー、失敗。もう少し爽やかな兄を演じればよかったかい?」
意味がわからない羅列。
一気に興味が失せて、距離をとる。
駅までの道は覚えている。
「ああ、そっか。キミは帰らなきゃいけないのか。家族のいない場所に」
足が止まる。
さっきと一緒だ。
今、なんて。
明るい街並みの中で、死神のように真っ黒な男が笑う。
「本当にわかちあう家族もいなくてかわいそうに」
「なんで知ってんの」
今までとは違う警戒。
肩に力がこもる。
「キミみたいな少年は隠せないんだよ。孤独を」
蟀谷に電気が走る。
なんだろ。
怒り?
呆れ?
ざわざわする。
男が近づいてくる。
避ける間もなく腕を掴まれた。
締め上げるように。
「っ……」
強い。
振りほどけない。
男が身を屈め、耳元で囁く。
「ソコは愉しい?」
ぱっと施設が浮かぶ。
同年代の子供たち。
同じ服を着た大人たち。
止まった空気。
いつもの花壇。
男がにいっと唇をつり上げる。
ゴキン。
「え?」
腕が曲がっている。
麻痺した頭に痛みが押し寄せる。
それでも男は腕を離さない。
「あ……っく」
皮膚の下で骨が肉を刺す痛み。
指が震えている。
「まだ痛みは感じるんだ。なら使えそうだ」
低くなった声。
初めて、感じた。
恐怖を。
逃げなきゃ。
地面を擦るようにあとずさりする。
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