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一体なんの冗談だ14

 なんだっけ。  掴まれた腕が使えないときは…… 「これを渡しておくよ」  ポケットに紙片をねじり込まれる。  その間もずっと腕は痙攣している。  必死に表情を保っているが、限界に近い。  喫茶店の中から視線を感じる。  踏み入れては来ない、傍観者の視線。  苛立たしい。  少し引いた左手を体の軸ごと前に押し出し男の首元をめがけて放つ。  すぐに取られたが、そのまま爪を立てて、その首筋を引きちぎる勢いで体に引きつけた。  三本の赤い痕が残る。  力の緩んだ手の間に血の付いた指をすべり込ませて体を捻る。  激痛と共に解放された。 「……元気なクソガキ」  男は首を押さえて吐き捨てる。 「戻ってくるのが愉しみだよ。高い値で買ってやるから」  耳に絡む声から逃れるように、折れた腕を支えて走る。  心臓を鷲掴みにしてくる視線。  振り返ったら戻れない気がした。  赤信号を素早く抜けて、あの雑踏に飛び込む。 「……っさい……五月蠅いな」  ぶつぶつと呟きながら走る。  振動で腕が焼けるように痛むが、歯を食いしばって意識から退ける。  どこ。  どこに向かえばいい。  駅にたどり着いて、やっと立ち止まる。  数時間の間に色が変わった世界。  醜い人の本性が雪崩のように襲ってくる。  怖い。  あの男みたいな人間で満ちている。  偽りの笑顔と偽りの関係。  確かなものなんて何もない人ごみ。 「雅っ」  その声だけは、確かに響いた。  ぎゅっと後ろから抱かれる。  振り返る隙もなかったなんて、どれだけ走ってきたんだろう。 「心配したわ……」  脱力して体を預ける。 「どこに行ったのかと」 「その辺歩いてただけ」  左手で指を差すと、麻那はすぐに右腕を持ち上げた。  ズクンと鈍痛に反応して身を曲げる。 「怪我してるのね……」  流石。  利き腕じゃない手を使っただけで悟るなんて。  僕は苦く笑いながら頷いた。  だが、彼女は表情を凍らせる。 「折れてるじゃない。なんで、なんでこんなことにっ」  ばっと周りを見回し、それから僕を見る。 「ちょっとごめんね」  強い口調で一言放つと、左腕を自分の首に回し、折れた右腕に負担がかからないように僕を持ち上げた。  抱えるように。

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